「ガン病棟の不思議な人々」〜ガン病棟より⑥

 ガン・センターという特殊な病院の患者たちにいくつもの共通点があります。
 ひとつは当然ながら“死と直面している”ということです。特に初めての入院患者たちは、本人か家族、あるいはその双方に色濃い悲壮感が漂っています。しかし他方で、ガン歴15年とか手術歴10回とかいった猛者がいくらでもいるというのも、もう一つの特徴です。この“猛者”たちが、けっこうやかましいのです。
 とにかく一日中暇ですから、広いセンターのどこかに集まってとりとめない話をしているのです。
「今度○○号室に来た△△、ありゃ死ぬな。あんなに思いつめているようじゃあ先は短い」
 あるいは、
「昨日入ってきた××、また〇〇(近隣の都市名)だってよ」
「えっ!? また〇〇かい? 〇〇は『ガンの里』かよ?」
とかいった具合です。

抗がん剤って、みんな髪の毛が落ちちまうけど、治療が終わるとまた生えてくるんかい?」
「生えて来るらしいよ。しばらくするとまたフサフサ」
「じゃあオレも抗がん剤やってもらおうかな」
「あんたみたいな『元からハゲ』がフサフサになることはないだろう」
 闘病生活も長くなると深刻なままではいられないのです。

 それにまた(当時の私は分らなかったのですが)一定の年齢を越えると、ガンは「死に方」のひとつに過ぎなくなります。若い人なら「生か死か」の二者択一を迫られるところですが、死が視野に入る年齢になると、「心筋梗塞か脳溢血か、それともガンか老衰か」といった死に方のひとつになるのです。生きて最後は大往生といった未来もありますが、ボケて徘徊したり何年も寝たきりで家族に迷惑をかけたりとなると、それも望ましい死とはいえません。そうなるとガンも、けっこう悪くない病気です。
 何といっても時期を知り、そのための準備もできます。身辺をきちんと整理し、十分なお別れもできます。ガン患者の奇妙な明るさの背景には、そういったものもあるのかもしれません。
 私は談話室やロビーでのそうした人々の話に耳を傾けるのが好きでした。しかし決して会話の中に入って行こうとは思いませんでした。なんと言っても私は初心者で、彼らは猛者だったからです。

 手術後、一番元気に見えるのは乳がんの患者たちです。同じ手術でも胸郭の外でのできごとです。この人たちは術後わずか三日ほどで病室を出てきます。そして毎朝ロビーに集り、元気よく“乳ガン体操”というものをやったりしています。傷跡が引きつらないように、十分に筋肉を伸ばすための体操だそうです。
 それに引き換え、術後が一番悲惨なのは消化器系の患者です。とにかく食事を取れない期間が長いので、病気の軽重に関わらず、ずいぶんやつれて苦しそうに見えるのです。
 もちろんそれは代表的な患者の姿ではありません。そうは言ってもロビーや談話室に出てくる人たちは元気だからそうしているので、ほんとうに苦しんでいる人たちは病室にいます。彼らの大部分は、静かに耐えて日々を送っています。

 ときどき、救急車で運ばれてくる人がいます。ガン・センターに救急というのもよく分らないので看護師に聞くと、「救急車をタクシー代わりにする人もたくさんいるのです」とのこと。
 閻魔様の審判の日も近いかもしれないのに、剛毅なものだと感心したりしました。

 

(この稿、続く)