カイト・カフェ

毎朝、苦みのあるコーヒーを・・・

「村の近代化」~それが子どもたちを幸せにするかという素朴な疑問

 ここ数年、私の読書のテーマは「日本人はどのように教育されてきたか」というものです。そうは言っても教育史をずっと遡るといったものではなく、幕末期から明治、昭和前期くらいまでの庶民が受けてきた教育を、民俗学的な見地から記録したものを中心にたくさん読んでみようというものです。そしてその結果、つくづく思うことは、確かに豊かにはなった、しかしそれで幸せになったのか、ということです。

 無着成恭の「山びこ学校」に見るような、仕事のために学校に行けないほどの貧しさは論外です。そこまでの貧しさはそれ自体が不幸ですから「貧しくともよい」とはとても言えません。しかしそれ以上のレベルになると、人間はむしろ貧しいほうが良いのではないかと思ったりもするのです。

 数千年前の縄文時代、日本人は週に三日ほど働けば生活ができたといいます。狩猟採集生活ですから、余って腐るほどの獲物をとってくる必要はなかったのです。

 200年ほど前のあるアメリカの宣教師は、文明化こそ幸せと信じてインデアンの村々を教育して回ったのに、その結果、子どもたちがどんどん悪くなっていく姿に愕然とします。そんなつもりはなかったという気持ちが、沸々と沸いてきたといいます。

 今、この地区にはコンビもありません。ゲーセンもレンタル・ショップも何もありません。万引きしたくとも漬物くらいしかなく、夜たむろしようにも暗くて集まるところもありません。ケータイだって途切れがちです。

 そんな中で本校の子どもたちは、昔の村さながらの共同体をつくっています。知らず知らずのうちに厳と身についた社会的ルールがあります。しかしそれさえ犯さなければ何でもアリですから、実に自由に闊達に語ります。平場の子どもたちの社会的ルールのなさ、自由で箍(たが)がないので年中ひとの気持ちを推し量っていなければならない苦しさは、この学校の子にとって無縁です。

 私は、そんな私たちの学校に一般的な現代社会のルールや通念を持ち込むことが、果たして良いことなのかどう迷うことがあります。

 たとえば、ヨーロッパでは個人の欲望が最大限に拡張された結果、「人権」という概念を持ち込まなければどうしようもないほどに動きが取れなくなってしまったという経緯があります。しかしこの学校にはそうした情況はありません。そうなると人権という概念すら必要ないのかもしれません。

 これからの国際化社会では、英語ができなければ競争に勝てないといいます。しかしこの土地の子はこの土地を出なければいいのです。

 とは言え、私の甘い夢は、
「だってこの子たちは、数年を経ずして外の世界に出てしまうではないか」
という現実によって簡単に破られてしまいます。実際その通りです。

 あとはただ、広い世界へ移った子どもたちが、「それでも正しいのは自分たちだ、人間としての、そして日本人としての正しい生き方は、こちらの方にこそある」と、胸を張って生きられるようにするしかないのかもしれません。

 無論それだって非常に困難なことですが。