「死んではではいけない」

 先月、研修旅行で久しぶりに鎌倉の長谷寺を訪れたのですが、ちょっとした記憶違いがあって戸惑いました。30年ほど前、初めて訪れた時の強烈な印象が、ある点で違っていたからです。それは水子地蔵の少なさです。初めて訪れた時、境内に並んだものすごい数の水子地蔵に、子どもってこんなに死ぬものかと暗澹たる気持ちになった記憶があったのです。ある地蔵はミニカーを持ち、ある地蔵は小さな人形を持ちと、幼い子を亡くした親の無念が、ひしひしと伝わってくるようでした。

「先立つ不孝」という言葉がありますが、仏教でも子どもが死ぬことは非常に重い罪とされてきました。たとえ病気であろうと、子どもは死んはならないという厳しい決まりがあるのです。したがって死んだ子どもは天国はおろか地獄にさえ行けません(「地獄にさえ行けない」というのは、地獄には「蜘蛛の糸」ではありませんが、万が一の救済があるからです。しかしそこにも行けないとなると、どこにも救いがありません)。

 死んだ子どもは三途の川の手前の賽の河原というところで、石積みをするという罰が与えられます。夕方まで石を積み続け日没を待つのですが、翌日になると鬼たちによって破壊され、また一からの積みなおしになります。その延々と続く達成感のなさ、空しさが、罰の核心です。

「ひとつ積んでは父のため、ふたつ積んでは母のため、三つ積んでは西を向き・・・」というのは、その様相を歌ったものです。

 しかしその悲惨を法力によって見、自らの出世を捨てて賽の河原の子どもや地獄の人々を救おうとする者が現われます。それが地蔵菩薩です。

 菩薩というのは仏(ほとけ)の候補生ですから、本来は自らの悟りのために修行を続けるべき身なのです。それを放擲し、地蔵菩薩はすべての人がさまよう六つの世界を飛び回るのです(お地蔵さんが6体1セットになるのはそういった事情があります)。

 武士は一面殺人者の集団ですから、生前から天国へ行く道を立たれた人々です。したがって死後、地獄に転生することが約束されていましたから、武士の町鎌倉では、地獄にも来てくれる地蔵菩薩が非常に尊ばれました。

 子どもは死んではいけない。子どもはたとえ病気で死んでも地獄にさえ行けない(だから健康に気をつけなければいけない、危険なことをしてはいけない、友だちを危険な目に合わせてもいけない・・・)という話は、担任をしていた時、一度は子どもたちに言って聞かせた話です。