「突然、ポスト・コロナについて不安になった」~人間ドックに行って気づいたこと 

 人間ドックへ行ってきた。このご時世、人の多いところ、
 特に医療関係に長居をするのはいやだなと思っていたら、
 あっという間に終わってしまった。
 やればできるじゃんと思いながら、
 しかしこれがコロナ後の、標準規格になるのも嫌だと思った

という話。

f:id:kite-cafe:20210126080054j:plain(写真:フォトAC)

【人間ドックに行ってきた】

 人間ドックに行ってきました。しかし行くまでに多少の葛藤がありました。
 現職時代は50歳を過ぎると県から補助が出て、それに個人加入の生命保険からの補助を剥組み合わせるとほとんど無料だったのですが、退職し、個人保険も満期になって健康保険が国保に切り替わると、もらえる補助は市町村からに微々たる額のみ。自腹の支払いが3万円近くなるので年金生活者としてはかなり痛いのです。
 しかも若いころと違って褒められることがありません。せいぜいが、
「問題はありますが、心配はないでしょう」
です。喜んで行くというわけにはいかないのです。

 さらに今年は申し込んであったドックセンターの母体病院(センターに隣接)がつい先日、新型コロナの集団感染を起こしたばかりで家族からも心配する声がありました。しかしこの歳になるとドックに行ってコロナに感染して死ぬも、キャンセルしたために病気の発見が1年遅れて死ぬも、確率としては似たようなものです。私の義理の姉(妻の実の姉)も数年前、キャンセルした翌年のドックでがんが発見され、そのために亡くなっています。

 胆管がんで、このがんは一昔前までは切ってみるまで分からない――切って何もなかったら「がんでなくて良かったね」、がんだったら「見つかってよかったね」と思うしかないと言われたほど厄介なものですから、予定通り検査を受けていたところで見つかっていたかどうかは分かりません。しかしあのときキャンセルなどさせずに、もっと強く勧めておけばよかったと、家屋に悔いは残りました。

 行くも行かぬも同じものなら、これまでしてきたことを続けましょう。それにもし集団感染が気になってキャンセルする人が多ければ、いつもよりずっと早く終わるはずです。というわけで、いつもの通り少し早めに出かけました。

 

【異常な速さ】

 行ってみると受検者は心持ち少ないような気もしましたが、実際にキャンセルが出て人の数が減っていたかどうかわかりません。しかし「早く終わるかもしれない」というのは、予想以上の形で実現しました。

 申し込んだ「一日ドック」は一日と言っても実際には半日で、例年は病院のレストランでいただく昼食を入れても1時半か遅くとも2時には終わるものです。ところが今年は、食事を終えて会計を済ませたところで、なんと11時15分だったのです。

 コロナのせいで飛沫が飛びやすい「肺機能検査(努力性肺活量・1秒率・1秒量)」が中止になったこともありますが影響はごくわずかです。そうでなはく、すべての検査が必死と言っていいほど早く、検査を受けに来た人の回転も速いのです。看護師や検査技師も半分走り回っているような有様で、せっかく持っていた文庫本を読む暇もありません。
 さらに胃内視鏡検査(胃カメラ)では、カメラが喉を通りやすくするためにいつもは盛大に行う「麻酔うがい」も、
「感染予防のために、静かに、控えめにお願いします」

 最後の内科検診も入室の前にドアを見ると、
「感染予防のために、内容を濃く、短時間で行うようにしていますのでご了承ください」
の表示。
 私の場合はそこそこの時間でしたが、私の直前に隣りの部屋に入った女性は(若かったからかもしれませんが)あっという間に出てきてしまいました。あんな短時間では、年寄りだったら粗略に扱われたみたいで我慢できないでしょう。

 どの検査室もで受検者と一緒にいる時間を減らすことで、少しでも感染リスクを減らそうという配慮もあったのかもしれませんが、一番大きいのは最も時間のかかる最後の内科検診が大幅に短くなったため、全体の回転が恐ろしく良くなっって大幅な時間短縮に繋がったのでしょう。私のようにさっさと済ませて早く帰りたいタイプにとっては利益です。十分話をして、堪能して帰りたい人にとっては、コロナ禍でなければ我慢できない話かと思います。しかしセンターにとっては受検者をさらに増やす道が開けたともいえます。

 

【ポスト・コロナについて不安になった】

 先日、私は別ブログで、
「コロナ禍が終わっても、一度始まった学校教育の効率化、学校行事の削減や新しい教科の詰込みは止まらないだろう」
というお話をしました。kieth-out.hatenablog.jp しかしコロナ禍で否応なしに進められてきたことが、コロナが終わっても続く可能性はあちこちにあります。

 例えばリモートワークはコロナ以前に比べると、終息後も格段に進んでいることでしょう。それは高い家賃や通勤ラッシュに苦しむ労働者の願いにかなうからです。企業にとっても、都心の一等地に大きなオフィスビルを持たずに済み、通勤手当も住宅手当も節約でき、しかも地方の優秀な人材を活用できるという願ったり叶ったりの世界だからです。

 しかし考えてみなくてはなりません。この場合のWIN=WINの関係は、エリートと大企業の間だけで成り立っているのです。凡人や中小企業にとってはあまり面白味のある話ではありません。

 コロナ禍で一気に進んでいることがらのいくつかは、合理化に関わるものです。飲食も観光も潰されるのは中小零細がほとんどです。そしてかれらの手放したものを落ち穂拾いのようにかき集めている人々がいることも忘れてはなりません。なにしろ私たちの子どもや教え子の大部分はエリートではないのです。