感染拡大を防ぐためには、プライバシーを政府に引き渡さなければならない、
――そうした考え方が今、世界を席巻しようとしている。
しかしどうだろう?
過剰なプライバシー保護には私も抵抗があるが、
さりとてGAFAに譲り渡したように、
個人情報を容易に政府に渡していいものだろうか?
というお話。
(「デジタルアート 空撮 行き交う人々3」フォトACより)
【中国の場合】
現在のコロナ感染は第一波というべきものに過ぎないと思うのですが、先進国あるいはそれに準じる国・地域として、それを凌いだと言えるのは中国と韓国だけです。
あれほど大騒ぎした中国も(つい先日1300人近い追加報告をしたにもかかわらず)、今の段階で死者は4600人あまり。昨日のイタリア(23660人)の五分の一以下、アメリカ(42094人)の十分の一強といったところです。10万人あたりの死者で見ると韓国(0.46人)よりも低い0.33人で、スペイン(44.89人)の0.7%にしかなりません。
もっとも中国政府発表の数字に疑問を持つ人は少なくありませんし、武漢解放の当日だけで5万人以上が中国全土に散って行ったのですから、中国における本格的な感染はこれからなのかもしれないと心配する向きもあります。
しかし中国政府はかなりの自信をもいっているようです。というのは全国民が「健康グリーンカード」というアプリをスマホに搭載するよう義務付けられ、それを通じてすべての人々の行動が補足されているからです。
万が一、感染者が確認されたら患者の行動を遡って濃厚接触者をすべて拾い上げ、検査の上で隔離すればいいのです。
ある意味、感染対策はとても簡単なことです。
【韓国の場合】
韓国が感染の第一波を抑え込んだことについては大量のPCR検査ばかりが注目されましたが、「いつ」「どこで」「誰が」「誰を」「どのように」検査したのかといった細かな点に注目した記事は、つい最近までほとんどなかったように思います。
答えは、
「発生と同時に」「被験者の自宅及び勤務先等で」「主として公衆保険医が」「住民登録番号で紐付けられた情報から得られた濃厚接触者に」「訪問検査で」行っていた
です。
公衆保険医というのは徴兵制のある韓国で、医師免許を持つ者が兵役の代わりに3年間、僻地医療などに関わる制度で、政府の命令ひとつで3000人の医師が動かせると言います。
実際に大邱に向かった公衆保険医は2700人だそうですが、日本の保健所の医師が総勢で700名あまりだということを考えると、いかにこの制度に迫力があったか分かろうというものです。検査能力というのは検査キットの数の問題ではなく、動員できる人間の問題なのです。
ドライブスルー方式の検査が始まるまでの間、彼らは戸別訪問で検体を集めて回りました。それが“膨大な検査”のひとつの側面です。しかし1回1万4000円(日本では1万5000円あまり)もかかるというPCR検査を、やみくもに実施していたわけではありません。
韓国にはマイナンバー制度に似た住民登録番号制度というものがあるのですが、日本とは異なり、これに税務申告・クレジットカードや携帯電話の契約・健康保険加入・学校の入学や企業への入社など、あらゆる事柄が紐づけられていて、これを利用すれば10分以内に感染者の動線はすべて明らかになると言います。
準戦時体制の国ですからさらにGPSと監視カメラの情報を重ねれば、ほぼ完ぺきでしょう。それを辿って濃厚接触者を拾い出し、検査をしました。実に効率の良いやり方です。
また感染者の動線はインターネットなどを使って国民にも知らされており、それによって人々は危険を避けたり、自分の体調を怪しんだりできました。
それが韓国の言う“透明性”です。
【日本、シンガポール、香港・マカオ】
日本の場合、検査の数が少なすぎるとずっと非難されてきました。しかし現実問題として、誰に検査をすればよいのかというのはけっこう大問題で、現在で言えば岩手県知事がその困った立場にあります。
濃厚接触者と症状の収まらない発熱や咳の患者を検査し終えると、あとは大量の軽い風邪症状の人たちと希望者しか残りません。その人たちを全部やっていたら、本格的な感染拡大の始まる前に医療崩壊を起こしてしまいます。高額な検査を希望者にやりまくって陰性ばかり出していたら、それも非難されたことでしょう。
したがってどうしても中国・韓国なみのことをしようとしたら同じ制度を持つしかなくなりますが、だからと言って日本も徴兵制を敷くべきだとか、マイナンバーにすべてを紐づけて動線がわかるようにしろとか、さらに進んで日本版「健康グリーンカード」をスマホに搭載させ、国民を把握せよといった話になるわけでもありません。
新型コロナ感染は重大事案ですが、狼狽えて道を誤ると取り返しがつかないからからです。
感染対策の優等生と言われたシンガポールがこのところの感染拡大に苦しんでいます。「明るい北朝鮮」と揶揄されるこの国も、感染者と動線が重なったら本人に知らせるスマホアプリを開発して、それが感染拡大を防いできたと思われていました。ところが実はそうでもなかったようで、人口560万人あまりのこの国でアプリを利用していた人が100万人程度しかいなかったのです。この種のプログラムが機能するには、最低7割以上の搭載が必要なのだそうでが、シンガポールはそこまでできなかった。
アプリの搭載を義務付けられる中国、本来は追跡システムではなかったので普及していた韓国と、そこに差ができました。シンガポールが教えてくれることはそういうことです。つまりやるからは徹底しなくてはならない。
ところが徹底したら徹底したで、負の側面も見えてくる――それを教えてくれるのが香港でしょう。
国ではないので統計としてはなかなか見えてこないのですが、香港・マカオも感染者・死亡者の少ない場所です。ここも中国の一部ですから容易に市民の動線を辿れます。そして同時に、デモの際にはマスクで顔を隠し、傍受を恐れてスマホの電源さえ入れておくことのできない世界として有名です。その気になれば香港警察は市内果てしなく対象者を追いかけまわすこともできます。
個人情報をすべて奪われるというのはそう言うことです。
新型コロナ感染の今後はまだ見えて来ません。
しかし確実に言えるのは、現在の第一波感染拡大が収まった後、第二波、第三波に備えた感染者の動線把握という課題は、必ず具体的な政治上の問題となるだろうということです。すでに櫻井よしこ、橋下徹といった論客はその必要性を口にし始めています。
私は昨日、GAFAに個人情報を流しながら公的機関に出せないのはどういうことだ、みたいな話をしました。しかし無制限に出せというような話ではありません。
コロナ事態に関して国民の動線把握が本格的な課題となったとき、この国の人々がどういう選択をするのか、私自身がどういう立場をとるのか、今からしっかりと準備をし、じっくりと見て考えて行きたいと思っています。
(この稿、終了)