英語を母国語としないのに英語力の高い国々、
どういう事情があるのだろう。
調べてみたらいろいろ面白いことがわかってきた。
かの国では英語が金になるのだ。
英語を学ばなければ 望んだ未来の賭場口にも立てない。
という話。
【語学力が金になる】
『洋服屋の何番目かの息子にひどく勉強のできない子がいて、年の離れた跡継ぎの兄は、
「これでは外に出て働くこともおぼつかない。家で一緒に洋服屋をやるしかないが、外商に出るからには片言でも外国語ができなければならない。少しでもしゃべれるように、今から勉強させておこう」
そう考えて外国語の教育を始めたのです。
ところが学校の勉強がほとんどダメだったその子は語学の天才で、あっという間に数カ国語を操るようになり、やがて偉大な言語学者になって業績を成し遂げた――』
これは私がエジプト象形文字の解読したシャンポリオンの逸話として覚えていた話です。しかし今回確認したら少し様子が違いました。
シャンポリオンの生家は洋服屋ではなく本屋で、8歳でラテン語を話すなど子どものころから天才の誉れの高い人だったのです。
シャンポリオンでないなら多少方向は違うがトロイの遺跡を発見したシュリーマンかもしれないと考えて、茶色に変色した新潮文庫(しかも漢字の多くは旧字体)の「古代への情熱」を引っ張り出して読みなおしたのですが、こちらは牧師の子でさらに遠くなってしまいました。
しかしいいでしょう。この話の肝は「ヨーロッパでは商売を手広くやろうとしたら外国語の習得がぜひとも必要」ということです。誰の逸話だったかは気長に調べましょう。
【EF EPI英語能力指数世界ランキング】
先週金曜日のネット記事「日本人の英語力は世界53位 『EF EPI英語能力指数』2019年版発表」(例えば朝日新聞GLPBE)からリンクをたどって『EF EPI英語能力指数』2019年版を見に行き、日本より英語力の高い国々を調べます。
その長いリスト(100か国)をそのままアップすると次の通りです。(青字はEU加盟国、赤字は英語を公用語とする国・地域。私が塗り分けました)
《非常に高い》
01 オランダ 02 スウェーデン 03 ノルウェー 04 デンマーク 05 シンガポール 06 南アフリカ 07 フィンランド 08 オーストリア 09 ルクセンブルク 10 ドイツ 11 ポーランド 12 ポルトガル 13 ベルギー 14 クロアチア
《高い》
15 ハンガリー 16 ルーマニア 17 セルビア 18 ケニア 19 スイス 20 フィリピン 21 リトアニア 22 ギリシャ 23 チェコ共和国 24 ブルガリア 25 スロバキア 26 マレーシア 27 アルゼンチン 28 エストニア 29 ナイジェリア
《標準的》
30 コスタリカ 31 フランス 32 ラトビア 33 香港特別行政区 34 インド 35 スペイン 36 イタリア 37 韓国 38 台湾中国 39 ウルグアイ 40 中国 41 マカオ特別行政区 42 チリ 43 キューバ 44 ドミニカ共和国 45 パラグアイ 46 グアテマラ
《低い》
47 ベラルーシ 48 ロシア 49 ウクライナ 50 アルバニア 51 ボリビア 52 ベトナム 53 日本 54 パキスタン 55 バーレーン 56 ジョージア 57 ホンジュラス 58 ペルー 59 ブラジル 60 エルサルバドル 61 インドネシア 62 ニカラグア 63 エチオピア 64 パナマ 65 チュニジア 66 ネパール 67 メキシコ 68 コロンビア 69 イラン
《非常に低い》
70 アラブ首長国連邦 71 バングラデシュ 72 モルディブ 73 ベネズエラ 74 タイ 75 ヨルダン 76 モロッコ 77 エジプト 78 スリランカ 79 トルコ 80 カタール 81 エクアドル 82 シリア 83 カメルーン 84 クウェート 85 アゼルバイジャン 86 ミャンマー 87 スーダン 88 モンゴル 89 アフガニスタン 90 アルジェリア 91 アンゴラ 92 オマーン 93 カザフスタン 94 カンボジア 95 ウズベキスタン 96 コートジボワール 97 イラク 98 サウジアラビア 99 キルギス 100 リビア
【EUの隣国は、日本で言えば“言葉の通じない隣県”】
一見して分かるのは、「非常に高い」「高い」と評価された上位29カ国にはEU加盟国が多いことです。
EUはご存じの通り国境のない世界です。関税もなく(英国を除いて)単一通貨ですから買い物も商取引も完全に隣町感覚です。場所によってはA国の市場で買い物をして、B国のデパートによりC国に戻るということだって可能です(たぶん)。
パリ―ロンドン間は344kmで東京-大阪間の401kmよりはるかに短く、ベルギーのブリュッセルからオランダのアムステルダム(160km)へ行くのは東京―長野間(177km)より短い。ちょっと買い物、というわけにはいきませんが、商取引をするのに覚悟のいる距離ではありません。
“東京から静岡を経て長野・群馬と回って取引をまとめてくる”
その程度の感覚で言葉の違う国々を回らなくてはならない――それがEU内における「英語を学ぶ必要性」です。
街の小売店の店員として一生を過ごすつもりなら別ですが、少しでも規模を広げようと思ったら外国語の習得は必須。中小以上の企業に勤めようとすれば母国語以外に最低1カ国語はできなくてはならない。取り引きや配置転換でどこに行かされるかわからないのからです。
ちなみにEU域内で母国語の次に使われている言葉は、英語(38%)、フランス語(11%)、スペイン語(7%)、ロシア語(5%)という順になっています(EUMAG「EUでは何語が話されているのですか?」 )。
やはり英語が堪能になるわけです。
【人口が少ない国は英語を学ばなくてはならない】
「EF EPI英語能力指数」2019年版によって能力が「非常に高い」「高い」と評価された上位29カ国の半数弱(14カ国)は人口が1000万人未満の国々です。
さらに2000万人未満という枠を設定すると、なんと21カ国がその中に入ってしまいます。このことは文化的に大きな特徴を生み出します。
翻訳文化が発達しにくいということです。
例えば人口1億2700万人の日本の場合、1万人に一人しか買わないような特別な本でも1万2700冊も売れる可能性があります。洋書の場合これなら翻訳して出版してみる価値があります。
ところが同じ書籍は人口が526万人しかいないノルウェーでは526冊しか売れる可能性がないのです。これでは1冊をバカ高い値段設定にしないと出版できません。そう考えると、ノルウェーの学者ですら母国語で本を出せない。
そんな珍しい本なら出版されなくてもいいじゃないかと考える人もいるかもしれませんが、そう単純な話ではありません。なぜなら、それは母国語だけで大学の授業が受けられないということを意味するからです。
現在世界の科学は英米を中心に動いていますから、大学の授業に使いたい書物の多くが英語で書かれています。
日本だとかなり難解なものでも、あるいは最近出されたばかりのものでもすぐに翻訳され出版されますが、ノルウェーやフィンランドではムリです。したがって大学教育を受けようとするとどうしても英語力は必須となり、ここにも深刻な英語の「必要性」が生まれてくるのです。
外国人にインタビューする番組を見ていると、ときどき、
「意味は分からないけれど日本の番組を見ていたらとても面白かったので日本に来た」
と答える人を見かけます。
日本人の場合はDVDやネット配信で外国の映画や番組を見て、「意味は分からないけど面白かったので――」という人はほとんどいないでしょう。
面白いものはたいてい吹き替えになるか日本語字幕がついています。だから外国語など学ぶ必要性がないのです。
けれどだからといって、「英語力をつける機会の少ない日本人はほんとうに気の毒だ」と思う人もいないでしょう。
(この稿、続く)