カイト・カフェ

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「アメリカ大統領選挙の憂鬱」④〜トランプは何を開いたのか

 一週間がたちました。
 私も落ち着きましたが、トランプ当選以来、次期大統領に対する凄まじい見直しが始まり、「政府内部でも『トランプも案外悪くない』『ヒラリーよりはむしろいい』といった声が上がっている」といった噂がまことしやかに流れたりしています。

 評論家たちも一斉に旗色を変え、「いや、勝利宣言のトランプさんの様子を見たらあれはなかなかな男だと思ったよ」とか、「オバマ大統領との会談の様子を見ても、案外、紳士的で穏やかな人なのかもしれない」とか――。“勝てば官軍”とはいえ、そこまで掌を返すのは恥ずかしくないのかと思ったりもします。

 しかしあれはすべて選挙用の悪口雑言・暴言暴挙で、実際に大統領になれば現実的な方向に軌道修正するに違いないと、皆、本気で考えているのでしょうか。先週水曜日以降の穏やかさはその表れだと――。
 私に言わせれば、あれは思わぬ当選にビビったトランプが、しどろもどろになった穏やかさです。ライアン下院議長と懇談の時なんて両手がテーブルの下に入って、肩も狭く、なんだか情けない“ただのおっちゃん”でした。
 しかしもちろんトランプは“ただのおっちゃん”などでなく、次期アメリカ大統領です。やがて持つ権力の大きさが違います。

 メディアは移民問題についても柔軟な姿勢を見せるようになったとか言っていますが、犯罪歴のある不法移民を最大300万人の強制送還です。本来強制送還するはずだった不法移民1100万人と比べると“柔軟”かもしれませんが、それにしても300万人、茨城県広島県の総人口に匹敵し、富山県秋田県の3倍にもなろうという数です。しかも“犯罪歴のある不法移民”だけを選択的に返そうというのですから大変です。どうやって見つけ出すのか――。

 もっとも現実にはさほど困難でない可能性もあります。ドゥテルテのフィリピンと同じように、警察が動き出せば民間の自主組織も動き始めます。“強制”のトラブルの中で数百人が殺されるというようなことがあれば、「犯罪歴のある不法移民」は大慌てで名乗り出るでしょう。
 塀の中に保護してもらうというのはフィリピンでも顕著な現象でした。300万人もあっという間かもしれません。

 しかし一方、壁の方はどうするのでしょう?
「一部はフェンスにするにしても壁はつくる」と彼は言っています。つくること自体は難しくないでしょう。しかしトランプの壁宣言の核心は「(壁をつくってその)費用をメキシコに払わせる」なのです。もし払わないといったらどうするつもりなのか。トランプは第二次米墨戦争(べいぼくせんそう、Mexican-American War)も厭わないというのでしょうか?

 勝利宣言の夜、会場に入れない数百人のトランプ支持者たちは「壁をつくれ!」「(ヒラリーを)監獄に送り込め!」と繰り返し叫んでいたそうです。この熱狂的な人々を納得させるために、トランプは壁をつくり、クリントン家にも何らかの手を打つのかもしれません。大統領になればクリントン家の秘密など簡単に手に入ります。FBIもCIAも大統領に指示されて資料を出さない理由はありませんから。

 さて、私はここでひとつ重大な訂正をしなくてはなりません。
 それは7月に起こったいわゆる相模原重度障害者施設殺傷事件について、
「あれは特異な思想を持った特別な人間の起こした、稀有な事件であり、同じようなことは二度と起こらない」
と言い続けたことです。

 世界は変わってしまいました。アメリカで60年代以前の思想が亡霊のように甦ろうとしています。「人権」という名の封印で閉じておいたパンドラの箱を、トランプが開いてしまったからです。

 人々は今、改めて考えようとしています。
 ほんとうに人類は平等なのか?
 男女は平等なのか?
 人種は? 民族は?
 低学歴な者と高学歴な者、
 美人と不細工、
 金持ちと貧乏人、
 健常者と障害者―― 
 ほんとうにこれらは皆、平等でいいのだろうか?

 かつて心に思うことすら控えられたことが、今や人々の議論の俎上に上ろうとしています。
(おや? 「ジークハイル!」と誰かの叫ぶ声が聞こえた気がする・・・)