「そして忘れてしまった」

 他は知らないのですが私のブログは“拍手”をクリックした上でコメントをいただいく、いわゆる「拍手コメント」にお返事する機能がありません。せっかく書いていただいたのに返事ができないということで、もし内容的に反応する必要があれば何らかの方法で応えなくてはならないと、かえって気にしています。

 そこで「拍手ランキング」はいつもチェックするのですが先週の金曜日以来、そのランキングが目まぐるしく入れ替わっています。なにしろ弱小ブログで、ひとつでも拍手が入ると即ランキング入りなのです。それが目まぐるしく変わるというのは、その時間、集中的に読んでくださる方がいて、その方が立て続けに“拍手”をクリックしてくださっているからだと思われます。ありがたいことです。

 このブログも、始めてすでに8年になります。それ以前、学校で書き始めところから数えると10年目に入っています。その間の記事はブログ上で1800、すべて含めると2000を越えます。仕切りなおした今年だけでも今日が100日目で、まあ、よくも書いたものだと自分でも感心します。

 退職して、これからは呑気にやろうと思ったのですが、“呑気”というのは私の場合「何もしない」とほとんど同義だということがよく分かり、また「週日はとにかく書く」という生活に舞い戻りました。何かの縛りがないと何もできない人間なのです。

 10年間、2000回を振り返ってみると、「結局なにも変わっていないじゃないか」とうんざりする面があります。今日書こうと思ったことが10年前の記事に残っていたりするのです。キーワードでブログ内検索をすると、同じ内容が2回、3回と出てくる場合があります。真理なのだから変わらなくて当たり前、学校が変わり先生が替わっているのだから同じ内容でも必要と自分を慰める言葉も浮かぶのですが、もう少し成長もあっていいじゃないかと思う気持ちもあります。

 一方、一度しか書かずそれきり忘れてしまった内容もあります。私はしばしばそうとうに熱心に調査して書くのですが、それはとても新鮮で好奇心に満ちた体験です。それを文章にするのですから文も踊ります。自分でも納得できるのはそういうときですが、付け焼刃の知識だからでしょうか、忘れてしまうのです。バックナンバーをあれこれめくっていて自分の文章に新鮮な感銘を受け、そしてガッカリする、こんな素敵な話をなぜ忘れてしまったのか――。

 例えば、今朝はまだランキングの第5位に残っている「日本のピークはこれからかもしれない」。題名は松任谷由実さんの言葉からとったものですから当然いい。内容的にも身近な体験を入れたり大仰な話に広げたりでそこそこいい。そして何より、2011年2月15日という日付がいい――東日本大震災の一か月前なのです。

 東日本大震災は大変な不幸でしたが、これを機会に日本人が見直され、私たち自身が日本人に誇りを持ち始めたという点でも画期的なできごとでした。この日を機に、「だから日本人はダメなのだ」とか「そんなバカなことをしているのは日本人だけだ」といった言い方はマスコミから一掃されました。

 それを予見した「日本のピークはこれからかもしれない」は、ユーミンのすごさを思い知るとともに自分自身を(少しだけ)誉めてやっていい記事です。しかし覚えていなかった。

 このブログに書いたことを全部覚えていたら、私は今よりも少しは格好いいのかもしれません。しかし片端忘れてしまう――まあ、しかしだから平和、だから書き続けられるという面もあるのかもしれませんが。