「世界宇宙飛行の日」~ガガーリン、テレシコワ、鉄腕アトムの話

 今日4月12日は世界宇宙飛行の日だそうです(聞いたことないなあ)。世界初の有人宇宙船ボストーク1号がガガーリン少佐を乗せて地球を一周した記念日です(1961)。

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 こうしたソ連の快挙に慌てたアメリカは翌5月5日、シェパード中佐を宇宙に飛ばしますが、当時の合衆国には地球を一周させるだけの技術はなく、中佐はいったん大気圏外に出てまた戻ってくるという弾道飛行でお茶を濁しました。もっともソ連の方も少しましだっただけで、ガガーリンは飛行時間1時間50分弱のあいだ、何もせずにただ宇宙船の中で座っていただけのようです。いわば巨大な弾丸の中に閉じ込められ、地球を周回させられたのと同じです。

 したがって帰還の後、感想はと聞かれても「地球は青かった」くらいしか言えず、来日したときにもインタビューにはかばかしい答えを返せなかったために、「偽物では?」といった疑いもかけられたりもしました。

 ガガーリンは非常に優秀なパイロットでしたが、人類最初の宇宙飛行士に選ばれた最大の理由は身長158cmという体格が宇宙船に入れやすかったのと、労働者階級出身という出自の良さ(労働者の政権という触れ込みでしたので)のためだったといいます。

 1963年にわずか34歳の若さで航空機事故のために亡くなります。つい3日前のニュースに、「観測気球との衝突を避けようとして急旋回したことが原因だったとの結論を当時のソ連政府調査委員会がまとめていたことを明らかにした」といった報道がされていましたが、50年近くたっても、いまだに陰謀説が消えていません。

 ソ連は引き続き1963年に人類初の女性飛行士も生み出しており、そのとき彼女(バレンチナ・テレシコワ)の叫んだ「私はかもめ(ヤー チェイカ)」は世界的な流行語になりました。

「私はかもめ」はチェーホフの「かもめ」の中で主人公が繰り返し呟く言葉だそうで、そこに何らかの含意があるとか、いや単純に宇宙を飛ぶ鳥のイメージじゃないかとか様々に説がありました。しかしあとで聞いたら、テレシコワのコードネームが「かもめ」だっただけで、「ヤー チェイカ」は「こちら、かもめ」くらいの意味しかなかったそうです。ロマンチックな話がいっぺんにダメになってしまいました。また、このときのテレシコワの飛行はそうとうに問題があったようで(テレシコワがパニックになったとか、宇宙酔いが酷かったとか、トイレに問題があったとかいろいろな話があります)、次に女性が宇宙に飛ぶまでに19年もかかっています。

 テレシコワが飛ぶ前、ボストークの有人飛行にショックを受けたアメリカ大統領のケネディは「今後10年以内にアメリカは月に人間を送り込む」と宣言して、その約束は彼の死後6年を経て達成されます。

 1960年代というのは日本にとって高度成長期でしたが、世界にとっても夢のある十年でした。1966年には日本で国産初のアニメ「鉄腕アトム」が始まり、アメリカではスタンリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」が上映されます。
 アトムの誕生日は2003年4月7日ですし「〜宇宙の旅」では主人公が背広で宇宙船に乗り込んでいますから、私も死ぬまでには1〜2回、月世界旅行に行きたいな、などと本気で思っていました。科学は案外進歩しないというか、私たちの未来予測はあまりにも楽観的でした。