「最後の参観日」

 映画「三丁目の夕日」が日本アカデミー賞を総ナメにしました。早くからこの映画の価値を認め、実際に見に行った私としては鼻の高いところです。

 さて、この映画の舞台である東京の下町で、子どもたちはしょっちゅうたむろしています。大通りは目の前にあるのに滅多に出ることはなく、半径100m程度の範囲が行動の領域です。その領域の中にすべての子どもがいるわけですから,結構ザワザワとした感じになります。AとBがケンカしたとか、Cが仲間はずれになったとかはしょっちゅうで、子どものケンカに親が出たり、親同士が子どものことでケンカをしたり、「お宅のクソガキがこんなことをした」といった苦情が持ち込まれたり・・・私たちの学級のようにさまざまな問題が発生し、解決されていきます。親たちは生の子どもの様子をずっと見ながら、子育てをしていたのです。別の言い方をすれば、ウチの子どもの家での様子だけでなく、子ども集団の中での子どもの様子も、実によく知っていたということです。ところが今はそれがありません。

 私自身について考えても、子どもの問題を学校から伝えられることはあっても、近所から持ちこまれるということはついに一度もありませんでした。問題のない子たちではありませんが、問題を起こす場がなかったということでしょう。近所で遊んでいませんから、人間関係でどういう子なのかは皆目見当がつきません。また、「今のウチの子」が年齢相応のスキルを身につけているかも分からないのです。

 幸いなことに、私たちは夫婦で教職にありますから、小学校以降はだいたいの目安がつきます。目安がついた上で「この程度だろう」と早くから見切りをつけられてしまうのが教員の子どもの可愛そうなところですが、わけもわからず子育てをしている場合に比べれは、親としてはずっと気持ちが楽です。

 さて、今日は参観日。先生によっては今担任しているクラスを手放すことが明らかな方もおられます(例えば6年生)。最後の参観日、最後の学級懇談ですから、ぜひ、子どもの成長に関わる先生たちの思いを語ってほしいと思います。どんな人間を育てたいか、どんな期待をかけているか、そして今後どんなふうにしていってほしいのか、何を止め何を促していくか、そういったことです。