「子どもの成長」

 

 一昨日中田先生のところに女の赤ちゃんが産まれ、昨日は三井先生お子さんが学校に顔を見せてくれました。他人の子どもでも小さな子というのは本当に可愛いものです。一人育てただけでもう十分だ、という人もいますが、私は何人でも育てたい気持ちでした(今からでもOKです)。

 

 

【子どもは後戻りしない】

 生まれてからの最初の一年間の養育目標は「生かしておく」ただ一点です。簡単なものですが、その間心配したり気になることも山ほどあります。「いつになったら首が据わるのだろうか」とか「まだ寝返りが打てないなあ」とかいったことです。

 私の子どもについて言えば上の子は寝返りを打つのがとても遅くて心配しました。ところがある時期から何か腰を振るような不思議な仕草をしているなあと思っていたら、突然、クルッとうまく寝返りを打つことができるようになったのです。

 うつ伏せ寝の習慣のなかった子だったので寝返りを打ってうつ伏せになるとギャーギャー泣きます。きっと苦しいのでしょうね。で、それっきり懲りてしまうかと思うと(懲りられても困るのですが)そうではなく、何度でも寝返りを打ってそのたびに「元に戻せ」と大騒ぎをするのです。不思議なことです。立って歩くなるようになることもそうですが、ハイハイの方が絶対に速いのに、一度できるようになったことは、決して手放さないのです。

 

 

【成長の不揃いな階段】

 下の子は言葉が遅いのに心配しました。本当に遅くてどこかに相談に行こうかと思っていた矢先、ポツポツとしゃべり始めたかと思うと突然語彙を増し、喋る喋る・・・言葉のタンクを満水にしておいて一気に放出するように、次から次へと言葉を覚えてあれこれ喋るようになってきました。

 ここで思ったことのひとつは「子どもの成長は不ぞろいの階段のようなものだ」ということでした。長い停滞があって(実はその時にたくさんのことを学んでいて)、突然大きく跳ね上がるということ。そしてもうひとつは「停滞の時期が長ければ長いほど、跳ね上がる高さも大きいかもしれない」ということになります。

 

 昨年度、娘は受験生でした。本当に誉めてあげたいのは、成績の上がらない時期に実によく勉強したということです(それを励ます私たちもかなり大変でしたが)。夏休み前のテストでは「がんばったのにビミョーだった」と電話口で泣くので、「点数は?」と聞くと微妙というにはあまりに低く私も絶句しました。「コレ、微妙という点数じゃネーダロ」とは口が裂けても言えません(どうも「微妙」と「ビミョー」とではいみがちがうらしいのです)。それでも夏休み中がんばらせると、秋口から成績がトントンと実に軽快に伸びていったのです。

 

 これは絶対に覚えていていいことですが、努力しているのにものごとがうまく行かない、思ったほどの進展や成長がない、そういう時の子どもの努力をどう支えていくか、それがすべてです。うまくいっている時の子どもなんて、放っておいても大丈夫です。停滞期の努力をどう支えていくか、それが教師として親としてのうでの見せ所なのかもしれません。