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「誰が日本航空516便の乗客に避難のしかたを教えたのか」~2024年の薄暗い始まりに② 

 2024年1月2日の日航機・海保機衝突事故。
 日航機の400人近い乗員乗客は全員が、
 わずか三か所の出口から、たった18分で脱出できた。
 誰がそんな奇跡を可能にしたのか――。
という話。(写真:フォトAC)

【2024年1月、羽田空港の奇跡

 1月2日、一夜明けて石川の地震被害の刻々と知らされる中で、夕方に飛び込んできたのが「日航機・海保機衝突事故」の第一報でした。
 
 ニュース映像では着陸態勢に入る旅客機が突然火を噴いたかと思ったら、発火した位置に火の球を残し、旅客機本体も滑走路を数百m、炎を上げながら走ってそこで炎上する――事故映像は衝撃的でしたが、あれほどの大きな事故にも関わらず、JAL機にひとりの死亡者もなく、379人全員が助かったということも大きな驚きと喜びをもって伝えられました。
 
「乗客のなかには『早く開けろ』と怒鳴る人や、逆に『CAの言うことを聞いたほうがいい』と諌める人がいたり、小さい女の子が泣き叫ぶ声なども聞こえて、混乱の渦でした」
「(出入口までたどり着き)そこからは白い布の滑り台で降りました。そこでは一人ずつ順番で、押したりする人はいなかったんですが、それ以前に荷棚から自分の荷物を取り出そうとする人に『何してるんだ』と怒る人はいました」
「私は1番前の席だったので、慌てることなく降りて、そこからは後続の乗客の脱出の手伝いをしていました。みなさんパニックにならずに冷静に滑り台を降りてきて、最後にCAさんが乗客が残っていないか確認を終えてから降りてきました」
 多少の混乱はあったものの、乗客も搭乗員も基本的に落ち着いた対応をし、無事に逃げおうせた様子が窺えます。その姿は、
「あの火勢から、乗客全員を脱出させた乗員たちの奮闘ぶりは、不幸な事故にあっても讃えられるべきだろう。実際、この事故を伝える欧米各紙の記事の見出しには『ミラクル(奇跡)』という言葉が並び、CAたちの臨機応変の素早い対応に賞賛の声が寄せられている」
ということになっています。当然です。

JALでは今でも1年に1回は脱出訓練をしています。煙が出たり炎が見えたら、すぐにパーサー経由で報告して、全ては機長の指示の下になりますが、各CAごとに担当エリアとドアが振り分けられているので、自分の担当する脱出ドアが開閉できるのかどうかを確認して、使えるドアに誘導します。
(中略)
このように客室乗務員はあらゆる場面を想定した訓練を行い、なかでも離陸後3分・着陸前8分の『魔の11分』の訓練は特に重視されているという」(以上、2024.01.03集英社オンラインより

【すばらしき乗客たち】

 ただ緊急脱出には経験のない乗客400人近くが、最後のドア付近では一人ずつ順番に降りるしかなかったはずなのに、わずか10数分で避難完了できたことには、乗客たちの優秀さもあったと私は思うのです。
 その点はむしろ海外の人たちの方が敏感です。
  JALの事故対応をめぐっては、事故直後から「奇跡」だと評価する声が海外から相次いだ。シンガポールのニュース専門チャンネル、チャンネル・ニュース・アジア(CNA)では、航空専門サイト編集長のジェフリー・トーマス氏が、
「私が言えるのは、彼ら(乗客)が暗黙のうちに指示に従い、手荷物を持ち出そうとせず、ただ立ち上がって可能な限り速く降りたという事実だけだ」
と指摘した上で、「90秒ルール」の存在に言及。90秒ルールとは、米連邦航空局(FAA)が定めた商用機(旅客機・貨物機)の安全基準のひとつで、機内の全非常用脱出口の半分以下を使って、事故発生から90秒以内に乗客乗員全員が脱出できる構造にすることを求めている。
   今回のJAL機では、ドアを3つしか使わなかった点について
「これは驚くべき脱出であり、奇跡的な脱出だ。荷物を置いて飛行機を降りるという基本的な規律による、奇跡の脱出だ」
などと指摘した。(Jcastニュース2024.01.03「羽田事故、世界を驚かせた『奇跡』の裏側・・・JAL幹部が明かす CAが迫られた『判断』」 

 中国の人たちも同じ点に注目します。
「しかし、それ以上に、自分が感動したのは、乗客一人ひとりが取った行動です。(中略)今回のような緊急事態や、たとえばビル火災などがあったとき、周囲の人々がどういう行動を取るかが、自分の生死も分けると思います。
 なぜなら、自分ひとりだけでは絶対に脱出できないから。つまり、緊急時にはそこでたまたま一緒になった人々の行動、集団の心理、国民性が大きく影響すると思うのです。たとえすばらしいCAがいたとしても、大多数の人がそれに従わず、勝手なことを言ったら、自分だって助かりません。その点で、日本人はすばらしい。いざというとき、自分は日本にいたらきっと助かると思いましたね(以下略)」
「やはり日本人の“素質”(民度、素養などの意味)はすばらしいと改めて感じました。乗客が撮影した短い動画などを見ると、子どもが『早く出してください』と大声を出したり、赤ちゃんが泣いたりしている以外、怒鳴っている人などはほとんどいませんでした。実際、機内にいた人の談話などを記事で読むと、多くの人が冷静にCAの指示に従っていたようです」
(2024.01.04 Yahooニュース『日航機と海保庁の衝突炎上事故で、中国人が乗務員の冷静な避難誘導以上に感動した「あること」』
 しかしなぜ乗客たちは慌てることなくパニックにもならず、荷物を持とうとすることも、出口めがけて駆けだしたりすることもなく、整然と避難できたのでしょう? 

【誰が日本航空516便の乗客に避難のしかたを教えたか】

 先の記事の中国人の方のように、それを日本人の素質(民度・素養など)の高さのおかげだと考える人もいれば、大昔から日本人の心と体にしっかりと染み付いたDNAのようなものだと考える人もいます。しかし生まれながらの能力ということはないでしょう。
 人間のような高い文明をもつ生き物に、本能だけでできることは極めて少ないのです。行動や存在の在り方のほとんどすべては、誰かに教えられ、学び、訓練や努力によって身に着けたものです。
 特に災害や危機の場面で、恐怖や生存本能に駆られて動き出そうとする自分を押さえ、ルールや指示者の言葉に耳を傾け、その通りに動こうとする高い能力は、繰り返し繰り返し練習することでようやく身につくものです。
 そんな難しいことを普通の人間ができる――その素晴らしい知恵と技術を、私たちはどこで学んだのでしょう?
 
 答えは誰でも知っています。学校で学んだのです。
 少なくとも年4回、新年度の始まりに職員の役割分担を確認しながら行う火災避難訓練、二学期当初9月1日の「防災の日」に合わせて行う地震避難訓練、海岸地域では津波避難訓練、あるいは1年間の中のいずれかの日に行われる不審者対策訓練、さらに冬の暖房シーズンの開始にあわえて行う2回目の火災避難訓練――東京都などは毎月1回やっていますから、義務教育9年間で100回以上も「落ち着いて」「しゃべることなく」「ハンカチを口に当てて姿勢を低くし」「室内では走らず」「屋外に出てからはできるだけ速足で」「安全な場所までに逃げる」とやっているわけですから、身につかないはずがないのです。
 
 もちろん現実の場面では全員が完璧にやれるわけではありません。2日の日本航空516便の中にも泣き叫ぶ人はいましたし、手荷物を持とうとした人もいました。しかし9割以上の人間がきちんと行動すれば、集団は守れるのです。それを私たちは、何年も何十年も、100年以上もかけて作り上げて来たのです。
 けれど日本国内ではだれもそれを学校のおかげだなんて言いませんよね。そればかりか「行事の精選」ということで、いまや避難訓練も縮小される傾向にあります。
 もしかしたら「2024年1月羽田空港の奇跡」はこの国で起こる最後の奇跡で、あと20年もしないうちに、英語とプログラミングには堪能だが災害の場面では自分を押さえられない危険な日本人が溢れるようになっているのかもしれません。
 そしてそのとき「令和の初期、教師の働き方改革によって避難訓練は減らされ、日本人の大切な能力が失われた」と学校のせいにさせられるに決まっています。