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「2023年秋ドラマ『下剋上球児』:仏の指を持つ人たち」~私の常識は世間の非常識③

 いよいよ始まった2023年秋ドラマ。
 中でも「下剋上球児」はスタッフが出色だ。
 始まったばかりの番組だが、それを見ながら、
 「ああやっぱり学校から部活はなくならない」と私は思う。
という話。(写真:フォトAC)

【2023年秋ドラマ期待の三つ】

 テレビは特別番組だらけの日々が終わって、2023年秋ドラマがそろそろ出そろい始めました。この秋の一番の期待は「下剋上球児」(TBS系日曜9:00~)、続いて「大奥 Season2」(NHK火曜10:00)、三つ目が「コタツがない家」(日本テレビ系水曜10:00~)と言ったところです。
 一般にドラマは「一に脚本、二に俳優、三に演出」と言われているらしく、とりあえず脚本が面白くないと始まりません。ですからとりあえず定評のある有名脚本家の作品は外せません。今年の夏ドラマは野島伸司の名前を頼りに「何曜日に生まれたの」を見続けましたが、視聴率こそ低かったものの後評判は良く、私にとっては夏のベスト1となりました。
 脚本ではありませんが、国内ドラマの場合、日本には《原作はマンガ》というジャンルがあり、すでに雑誌や単行本で一定の評価を得たあとの実写版ですので、ある程度レベルが保障されています。そこで一応チェックはしておきます。
 
 二番目の「俳優」には少し含みがあって、「優秀な俳優は多少つまらない脚本でも何とかしてしまう」という側面と、「優秀で人気のある俳優は作品を選べる。したがって無名脚本家の作品でもその人が選んだ以上、秀作である場合がすくなくない」という側面もあるのです。どんなに優秀で人気があっても、その俳優自体が嫌いという場合もあるので必ずしも継続的に見るわけではありませんが、これもいちおう気にしておきます。
 
 三番目の「演出」については、私はよく分からないので言及するのはやめます。ただしエンドロールを見ていて、「あれ? この作品も同じ演出家かあ」と思うことも少なくありません。
 さらに言えば「一に脚本、二に俳優、三に演出」ならこの三つを揃えることのできるプロデューサーにこそ焦点を当てるべき、という考え方も出てくるでしょう。そこでスタッフに合わせて作品を選ぶと――、

【選んだ理由】

 「下剋上球児」のプロデューサーは新井順子、脚本が奥寺佐渡子、三人いる演出家のひとりは塚原あゆ子。この三人の組み合わせで世に送り出されたドラマは「Nのために」「夜行観覧者」「リバース」「MIU404」「アンナチュラル」「最愛」と、名作が目白押しです。俳優陣も鈴木亮平を筆頭に錚々たる面々ですから、失敗するはずがありません。
 
 「大奥 Season2」はシーズン1ですでに定評があり安心してみていられるドラマです。NHKらしくプロデューサーも演出も複数で担当して手堅い。原作はよしながふみさんの連載漫画で、今日までに実写版映画が2本、テレビドラマがTBSで2シーズン、NHKで2シーズン、アニメ版は今年6月よりNetflixで独占配信されていますからこれも間違いありません。
 さらにダメ押しは今回も脚本を書いている森下桂子。「白夜行」「JIN-仁-」「天皇の料理版」「義母と娘のブルース」などを書いた人です。間違いない。
 
 「コタツがない家」は脚本家の金子茂樹だけで選びました。2007年の「プロポーズ大作戦」、2020年の「俺の話は長い」を書いた人で、両方ともとても好きなドラマでした。

【特に「下剋上球児」:原作とは違い過ぎる】

 中でも「下剋上球児」は特に期待の大きいドラマですが、一方で不安もあります。題名からうかがえる通りの高校球児の物語ですが、まったくのフィクションというわけではなく、2018年に三重県代表として甲子園に出場を果たした県立高校がモデルで、「下剋上球児」もこの高校に取材したルポルタージュの題名なのです。
 10年連続で三重県大会初戦敗退という弱小高校野球部を、わずか3年ほどで甲子園に導いた、すごい監督と生徒たちの物語――しかしそんなテーマのドラマはこれまでもいくらでもありました。しかもたいていが荒唐無稽、何より気に入らないのは主人公以外の教師が全員ばかか無気力、あるいは出世主義者に保守主義者という乱暴な設定。わずか一人か二人の賛同者とマドンナが置かれるのは、夏目漱石の「坊ちゃん」以来の伝統みたいになっています。
 そんな様式にはまらずに、新井順子チームはやって行けるのか――これまで放送された2回を見る限り、モデル校が困惑し、名前を出さないでくれと言い出すかもしれないほど、違ったものになりそうです。
 さらに期待が高まります。

【物語のあらまし】

 まだ始まったばかりで感想を言うほどの状況ではありませんが、ここまでで感じたことは、《ああ、やっぱり野球っていいな》《部活っていいな》ということです。
 私はそもそも野球なんて少しも好きではないのです。子どものころは一丁前にグローブを手にしてバットも握りましたが、うまくなれないのですぐに飽きてしまいました。現在もイチロー選手や大谷選手には人並みに魅かれますが、ものすごく応援しているわけでもなく、春夏の甲子園野球についても基本的に醒めた見方をしています。そんな私が、「下剋上球児」を見ていると心動かされるのです。
 
 主人公の南雲先生(鈴木亮平)は三重県立越山高校の3年目の教師、次年度の野球部監督を打診されるのですが頑なに辞退し続けます。部員は一人を除いてやる気のない幽霊部員ばかり、そんなところにやる気満々の女性教師(黒木華)が赴任してきて自ら野球部部長を買って出る、そこからドラマは始まります。
 この女性部長がめぼしい新人選手を掻き集め、保護者を動かし、南雲を監督にと繰り返し口説き、チームをつくり直そうとするのです。やがて南雲は、独りぼっちで長く熱心に練習を重ねてきた3年生のバッティングフォームを見たり、有象無象の新入部員を見るうちに、心の中に抑えきれない感情が沸き上がってくるのを感じます。そこまでが過去2回の放送でした。
 私にはその南雲教諭の気持ちがよく分かるのです。

【仏の指と南雲先生】

「仏の指」という話があります。
「仏様がある時、道ばたに立っていらっしゃると、一人の男が荷物をいっぱいに積んだ車を引いて通りかかった。そこはたいへんなぬかるみであった。
 車は、そのぬかるみにはまってしまって、男は懸命に引くけれども、車は動こうともしない。男は汗びっしょりになって苦しんでいる。いつまでたっても、どうしても車は抜けない。
 その時、仏様は、しばらく男のようすを見ていらっしゃいましたが、ちょっと指でその車におふれになった、その瞬間、車はすっとぬかるみから抜けて、からからと引いていってしまった」
 
 ドラマの南雲先生は元高校野球の球児でした。野球経験者ですから弱小チームの選手たちの背の、どこをどう押せば成長できるか、分かっているのです。分かっているからどうしても押してやりたくなります。いや、私のような野球の経験の全くない、何をどうしたらいいのかも分からないような人間でも、他にやる人がいなければ私がやろう、一生懸命勉強して私が押そう、私が押してやりたい、そう思うのが当たり前です。それが教師で――というより普通の人間の感じ方です。教員であろうと外部コーチであろうと、はたまたぜんぜん関係のない人であってもおそらく感じ方は一緒です。
 そしてあんなすてきなドラマを見れば、多くの子どもたちが高校野球や部活に憧れ、保護者たちも同じような世界で我が子を成長させたいと思う、それも当然です。私の常識はそう言います。
 
 ところが世の中には部活動を学校から切り離すことができる、少なくとも週日と休日の活動を分けることができると信じる人たちがたくさんいます。さらに教員の中にも、部活動に熱心な教師をBDK(部活大好き教師)と呼んで蔑む人もいたりします。BDKは授業がいい加減だというありえない話を振りまきながら。

(この稿、続く)