カイト・カフェ

毎朝、苦みのあるコーヒーを・・・

「シャーペンで字が下手になるというこれだけの証拠」~美しい文字を子どもの財産として残すために③

 シャーペンで字を書けば下手になるという事実は、
 40年以上まえから分かっていたのに、
 なぜ未だに子どもと保護者はシャーペンを使わせろと学校に要求し、
 学校は芯が散らかるからなどと妙な説明で抵抗し続けるのだろう。
という話。(写真:フォトAC)

シャープペンシルで書くと、字は下手になる】

 昨日お話した通り、筆記用具は軸を立てれば立てるほどペン先の可動域は狭くなる――それが鉄則です。可動域が狭くなれば「ハネ」も「ハライ」も窮屈な丸っこい字になってしまいます。そしてその字は、美しくない。

 ただし毛筆だけは例外で、習字の筆は垂直に立てて書きますが、その代わり軸のかなり高い位置を摘まみ、指から筆先のまでの距離を長く取ることで可動域を広げます。細筆を使うときはどうしても手首を紙面に乗せなくてはなりませんが、その場合も右手の下に左手の甲を差し込み、その上で手を動かすという特殊な筆記法を用いて安定した字が書けるようにします。
 それはあくまで例外で、鉛筆やシャープペンシル(以下、シャーペン)、ボールペンなどはすべて同じ持ち方で筆記することを予定していて、それにもかかわらず、それぞれは同じように扱えるわけではないのです。

【推奨角度の話】

 鉛筆、シャーペン、ボールペン、万年筆、サインペン、マーカー、その他。書いた文字を消すことができたりできなかったり、削るなどのメンテナンスが毎回必要なものとそうでないもの、高価なものと安価なもの、さまざまな違いはあるものの、筆記する際の軸の角度に注目して選ぶ人は多くないかもしれません。しかし《美しい字を書く》ことを前提とした場合、軸の角度は決定的ですから、どうしても考慮する必要があります。
 
 筆記用具には推奨角度というものがあって、その角度内で書くと比較的楽に、薄すぎず濃すぎず、美しく文字や線が書けることになっています。鉛筆の場合は45度~60度、それよりも低いと尖った芯が折れやすくなったり、予定したよりも太い線になったりすることがあります。上の60度の方は一応の基準となる数字で、鉛筆の場合、推奨角度を越えて使っても筆記用具としての機能に何か問題が出るということはありません。あくまでも美しい字を書くための目安であって、実際に縦棒を引く場合などは45度の角度から引き始めても最後は軸が垂直になったりします。それでまったく問題はありません。ところがこの「推奨角度」、シャーペンの場合は55度~60度と下限が鉛筆より10度高くなるのです。シャーペンの最大の欠点がここにあるのです。

【角度差10度の決定的な違い】

 シャーペンと鉛筆の推奨角度の差は、わずか10度ですがバカにしてはいけません。図に描いて比べてみましょう。

 右の重なった二つの直角三角形はそれぞれの斜辺を鉛筆とシャーペンに見立てて推奨角度の下限を示したものですが、その角度から鉛筆やペンの軸が垂直になるまで引き寄せて縦線を書く場合、その距離は鉛筆の1に対してシャーペンは0・700しかないのです。
 私の場合は45度から書き始めるとおよそ4cmの縦線が書けますが、55度だと2・8cmしか書けないことになります。書き始めが60度ならさらに短く2・3cmしか書けません。私が「拘束着を着てダンスを習うようなものだ」と言う状況がここに生まれます。

 シャーペンは昔に比べてはるかに性能が良くなりましたが、芯は細く、傾けすぎると折れやすくなります。特に子どもは指の筋肉の使い方が十分ではありませんから、筆圧を強くしすぎてすぐに折れたりします。字を書いている途中で芯が折れるなんて最低ですよね。推奨角度が55度~60度であるにもかかわらず、多くの子どものシャーペンを持つ角度が90度近くになってしまうのはそのためです。垂直に近づければ近づけるほど、折れにくくなるのです。

 今日のタイトル写真の男の子も、ものの見事に軸を立てています。フリー素材のカメラマンは筆記用具の専門家ではありませんから、モデルの子たちのペンの使い方など、気にも留めなかったのでしょう。子どもがシャーペンで文字を書いている写真の三分の二以上で、軸はほぼ垂直に立っています。ペン先の可動域が狭く、「ハネ」も「ハライ」も思うに任せない、字が下手になる持ち方です。

【悪筆シャーペン犯人説の状況証拠】

 「シャーペンを使うと字が下手になる」というとすぐに「エビデンス(科学的根拠)はあるのか」といったことを言い出す人が出てきそうです。もちろんリトマス紙を酸に浸すと赤くなるような、あるいは計器で測定値を出すようなやり方で根拠を示すことはできません。そもそも「美しい字」を科学で説明すること自体が可能かどうか――。
 しかし可動域の話は十分に科学的だと思いますし、状況証拠もそろっています。実際に日本全国一斉に字が下手になった瞬間があって、それにシャーペンが絡んでいるといった話があるのです。

 1978年(昭和53年)、世の中に突然、降って湧いたように「丸文字」とか「マンガ文字」と呼ばれるものが出現します。実は74年あたりからチラホラと出てきていたのですが、78年の増加はまさに異常でした。特徴的なのはこの流行に仕掛け人・指導者もしくは先導者がおらず、丸文字の書き手も「特に習ったり練習したりしたことはない」と意識していることです。(1986年「変体少女文字の研究」)
 これを調べたノンフィクション・ライターの山根一眞は、丸文字流行の背景にシャーペンの普及を上げています。
 
 丸文字が爆発的に流行した1978年の前の年、それまでぺんてるが独占していた硬くて柔らかい「ハイポリマー芯」の特許が切れ、大量の業者が市場に参入してシャーペンの値段が劇的に下がったのです。それまで色を濃く出すための柔らかさと、折れないための硬さという矛盾する二つの性質を備えた「ハイポリマー芯」は高価で、高価な芯を使った高価なシャーペンは、庶民が簡単に持ち歩けるようなものではなかったのです。
 それが一気に若者の間に広がって日常の筆記用具となり、推奨角度55度~60度の窮屈に苦しんだ若者たちは、「丸文字(漫画文字・変体少女文字)」を見て一気に飛びついたのです。丸文字のおかげで多少は読みやすいきれいな文字になると考えたのです。世間ではちょうどナールと呼ばれる丸っこいフォントが流行し、しらいしあい・水森亜土といった漫画家たちも丸い文字で勝負をしていました。
 
 現在はもはや「読みやすい文字を書こう」といった節度も失われたようで、丸文字を書く人も少なくなりました。しかし「ハネ」や「ハライ」が不十分で、揃わない字体の、小さな文字を書くという文化は続いています。シャーペンが廃らないからです。
(この稿、続く)