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「子どもが疑問に思う人生の不思議と大人の答え:なぜウソをついてはいけないのか」~夏ドラマから知ったこと考えたこと④

 「大人は平気でウソをつくのに、なぜ子どもがつくと怒るの?」
 素朴で、核心をついた、しかし答えにくい問題だ。
 どう答えたらいいのか思いあぐねていたら、
 NHKドラマ「わたしの一番最悪なともだち」
が答えを教えてくれた。
という話。(写真:フォトAC)

【子どもの疑問は無限にあるわけではない】

 学校社会にいるとこんなふうに言い出す先生がいたりします。
「子どもたちは一人ひとり違う、1000人いれば1000個の疑問がある。それにこたえられる教師でなくてはいけない」
 もちろん1000人いれば1000の個性があることには同意します。しかしそのたびに1000個の質問など出てくるはずはありません。子どもの持つ疑問のバリエーションは無数にあるわけではありませんし、例えば「中学校」の「社会科」の「戦国時代」の、「織田信長に関する授業中に」と、状況が狭まれば狭まるほど、発せられる質問の可能性は狭まってきます。
 それでも唐突に「織田信長に子どもは何人いたのですか」と本質的でない問いを発する子がいたら、それは「中学校の社会科の時間」という制約が理解できないか、ふざけているか、あるいは何か特別な事情でそうした疑問の浮かんだ子ですから、その子にふさわしい指導をしなくてはなりません。あくまで特殊な例です。
 
 基本的にはきちんと授業をしていれば想定外の疑問が出ることはなく、教師は経験を重ねるごとに、より良い返答ができるようになっていきます。私が「教職は職員芸だ」という所以です。

 さて、教科指導の中で出てくる教科特有の質問については専門の先生がやってくれるからいいとして、一般的にありがちな、深刻で面倒くさい、次のような質問に、大人はどう答えればいいのか――。

  • なぜ高校へ行かなければいけないのか。
  •  なぜ勉強をしなくてはいけないのか。
  •  自分の個性を殺して生きなくてはいけないのはなぜか。
  •  なぜ自分に正直に生きてはいけないのか。
  •  どうして大人は世間ばかり気にするのか。
  • なぜ親は子どもが信じられないのか。
  •  みんながやっていることなのに、なぜ僕だけはダメなのか。
  •  なぜ人を殺してはいけないのか。
  •  パパ活の何がいけないの?
  •  大人は平気でうそをつくのに、なぜ子どもはついてはいけないのか。

【子どもが疑問に思う人生の不思議と大人の答え】

 子どもの疑問には限りがあるなら、想定問答集のようなものをつくって待ち構えていたらどうだろう――四半世紀ほど前、そう考えた私は、「ああ言えばこう言う辞典」というサイトをつくって口の達者な子どもに対抗しようとしました。一部は自分が実際に使ってきた内容です。
 しかし子どもの発しそうな質問のすべてを想定し応えるなど、到底できることではありません。なにしろ「何のために勉強するのか」みたいな超難問はありますし、「なぜ人を殺してはいけないのか」などは、それで本が一冊できるくらいに答えの多い問題です。
 いつか気づくと、サイトもネットの海の水底に沈んでしまいました。
 
 しかし私はそれからも、「子どもが疑問に思う人生の不思議と大人の答え」をテーマに、適切な問答が見つかれば採集するようにしてきました。同じ課題を胸に置いて忘れないようにし、その上で長生きをする――するとよくしたもので、いつか答えは見つかるものなのです。

【なぜ子どもはウソをついてはいけないのか】

 今回見つけたのは「大人は平気でウソをつくのに、なぜ子どもはついてはいけないのか」に関する、おそらく10人中8人くらいは納得しそうな答えです。NHKドラマ「わたしの一番最悪なともだち」の第13話に見つけました。

 主人公はかつて就職試験のエントリーシートに、真実を書かなかったことを苦にしています。その不安定な心のまま上司役の原田泰司さんと四方山話を始めると、上司は見透かしたかのようにこんな話を始めるのです。
「息子が嘘をついたら怒ります。でもそれは、ウソが悪いことだからじゃない。大人になったらいつか絶対に、嘘をつかなきゃいけなくなる時がくるからです。そのとき、責任をもって、自分のために、誰かのために嘘をつかなきゃいけないからです。そのためには、ウソをつくことに慣れてはいけないからです」
 ね、いいでしょ?
 この言葉、もう少しアレンジしてから23年ぶりの更新として、サイトに1項目加えようかと思っています。
(この稿、続く)

以下、付録

【作家の技量】

 「わたしの一番最悪なともだち」の脚本を書いたのは兵藤るりさんという新鋭で、今回が初めての大きな仕事です。そのせいかスタッフ紹介には「《作》兵藤るり」のあとに「《原案・脚本協力》吹野剛史」とついていて、おそらくベテランが支えているのでしょう。もっとも兵藤さんは最終学歴が「東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻脚本領域」なので勉強は十分に積んできたはずです。しかしさらに前の学歴を見ると「お茶の水女子大学理学部数学科4年生(中退)」ですからまたわからなくなります。数学科、4年、中退――?
 自分の体験だけで物語を紡ぐ一回限りの人なのか、それともレベルの高い作品を長く書き続けることのできる人なのか、しばらく注目していましょう。
 
 ただ、私は何の変哲もない日常を、正確に、だらしないほど延々と言葉にできる人――簡単に言えば主人公の人柄や生活がにじみ出てくる、長い長い無駄話の書ける人が好きなのです。例えば脚本家としてのバカリズムがとても上手に描くアレです。
 「わたしの一番最悪なともだち」の中にこんな場面がありました。
 
 大手化粧品会社の採用試験、最終面接の最後の最後に、主人公は、
「あなたが見せたいあなたはよくわかりました。そうではないあなたを知りたい」
と言われて切羽詰まります。その上で志望動機を改め問われ、うまく答えられません。面接官は諦めて質問を飛ばし、最後の問いに移ります。
「あなたは、朝起きて、最初に何をしますか? 水を飲みますか? それともストレッチをしますか? あなたの、あなたの話を聞かせてください」
 やがて主人公はとつとつと答え始めます。引用が長くなりますが、私の好きな部分ですので、途中、割愛しながらも、大部分を書き写します。

【あなたは、朝起きて、最初に何をしますか?】

「私は、朝起きたら、まずスマホを見ます。何か知りたいことがあるわけでも何でもなくて、ただスマホを見ます。たぶん、自分だけが知らないことがあるのが怖いからです。それで、もうすぐ始まるドラマに誰が出るとか、いま、誰が炎上しているとか、そういうことを一通り知ったら、今日も世界、こんな感じかァ、と思って、ベッドから出ます。
 出て、晴れていたら、窓の方へ行って日光を浴びます。これは子どものときからの習慣で、で、伸びをして、あと2センチくらい身長伸びないかなあとか思ったりして。伸びたところで、何かが変わるわけではないんですけど。
 洗面所に行って、顔を洗う時間がけっこう好きです。冷たい水で目を覚まして、洗い立てのタオルって、どうしてこんなに幸せな香りがするんだろう、とか思ったりして――で、化粧水・乳液を塗って、あとはUVケアをします。この三つは、なんて言うか、お守りみたいな存在です。これがあれば、大丈夫、みたいな。
 そのまま、髪を整えるんですけど、面白い形の寝癖ができている時は、記念に写真を撮ったりして――。誰かに見せるわけでも、自分で見返すわけでもないのですけど」
 話はやがて朝食の話になり、メークの話となり、
「メークが終わったら、持ち運び用のケースに必要なものを入れるのですが、毎回、なんだかんだ言ってパンパンになってしまうのが、なんか、自分っぽくて嫌だなあって、ずっと思っています。
 これが私の朝です。何の変哲もない朝です、つまらない朝です。大学に入って、一人暮らしを始めてから、ずっとこんな感じの朝でした。でも就活が始まるってなって、自分がどんな会社に入って何をしたいか考えたとき、ヒントになったのは、この朝だった気がします。自分の日常を支えるもの、化粧水・乳液・コスメ、そういうものをつくる会社に携わりたいと思ったのは、ほんとうです」
 ね、うまいでしょ?