カイト・カフェ

毎朝、苦みのあるコーヒーを・・・

「たぶん、社会はキミにやさしい」〜大人になりたくないキミに 2

 昨日の続きです。 

f:id:kite-cafe:20181216083838j:plain(ソフィー アンダーソン「笑っちゃいそう」 GATAGより)

 太平洋戦争の連合艦隊司令長官山本五十六の言葉に、
「 『いまの若い者は』などと、口はばたきことを申すまじ」
というのがある。私が常に心の隅に置いている言葉だ。

 山本五十六の時代も私が子どもだった時期も、そして今も、年寄は常に「今どきの若い者は」と言い続けてきた。言われて嫌な思いをしたことのあるはずのその人が、数十年後、同じことを言うようになる。
 きっと根性なしでだらしなく、みっともなかった自分のことは忘れているからだろうね。そしてそんな昔の自分を忘れた年寄の目に、若い人たちはいつだって危なっかしく、弱々しく、あるいは力もない癖に世間を舐め切っているかのように見えたりする。
 そこで喝を入れる意味もあって、
「世の中はそんなに甘くない」
とか、
「社会は厳しいぞ」
とか言ったりするのだが、ところでほんとうに世の中、そんなに厳しいものなのだろうか?

【たぶん、社会はキミにやさしい】

 今の日本は、おそらく世界的に見ても最も優しい国だ。

 先日の平昌オリンピック、スピードスケート女子500mで、小平奈緒選手は自分の滑走の終わったあと、唇に指をあてて観衆に静けさを求めた。さらに全競技が終わって金メダルが決まったとき、まっさきに韓国のイ・サンファのもとに駆け寄って韓国の英雄を慰めた。
 このことは日韓ばかりでなく世界中から高く評価されたけど、そして私も素晴らしいことだと思うけど、でも世の中に滅多にないことだとか超一流のスポーツ選手にしかできない行為かというと、それも違う。
 私は保育園の運動会で、障害のある子が後ろで転ぶのに気づいて、途中で走るのをやめて助けに戻った子を見たことがあるよ。そうしたやさしさとか思い遣りとか、あるいは利他的な行為・活動というのは、この世にはけっこうありふれていて、あまりにもありふれているから気づかないほどだって言っていいくらいなものだ。

 そんな優しい日本人が、自国の子どもや新人に対してのみ厳しい、なんてことはあり得ないじゃないか。

【うまくいかないこともある】

 そりゃあバイトに行った居酒屋の店長がやたらきつくてとか、コンビニの先輩が意地悪でとかいったことはあるかもしれないが、それは運が悪かっただけのことで、この国の基本的な形じゃない。嘘だと思うなら次々といろいろなバイトをしてみるといい。おそらく数をこなしていけば、キミだってこの国に及第点を出してくれるはずだ。
 普通、先輩は優しく、同僚は温かい、社長は従業員のことをきちんと考えている、それが当たり前だ。

 さらに言えば今はとんでもない求人難だから、バイトにしろ正社員にしろ辞められたら困る、だから人間はとても大切にしてもらえる。さらにさらに言うと、管理職の人たちはさまざまなハラスメントの加害者にならないかとビクビクしている状態だから、その点でも社会はキミを優しく迎えてくれる。それは私が保証してもいい。

 え? そんなはずはない、ブラック企業の話や長時間労働の話、過労死の話なんかはしょっちゅう出てくるじゃないかって?

 そだねー(←女子カーリングで覚えたヤツ)、たしかにそういうことはある。けれどだからと言って必ずしも人間が大切にされていないということではない。世の中、悪いヤツばかりということでもない。

 この世界にはまじめでやさしく、親切で善意にあふれる人ばかりが集まって、しかしうまくいかないということがあるのだ。
 ブラック企業黒社会については、明日、話すことにしよう。

(この稿、続く)