「また爆発的に『いじめ事件』が増えた」〜もう子どもは自由にはさせられない

 昨夜6時のNHKニュースで、「昨年度のいじめ認知件数32万件超 前年より大幅増」という問題を取り上げていました。
 それによると、

  文部科学省は全国の学校で昨年度、確認したいじめの件数を26日、公表しました。
 それによりますと、小中学校と高校、そして特別支援学校で確認したいじめは、合わせて32万3808件で、前の年より9万8000件以上、増加しました。

 内訳を見ますと、小学校は23万7921件、中学校は7万1309件、高校は1万2874件、特別支援学校は1704件で、小中学校については調査を始めた昭和60年度以降、最も多くなりました。

 都道府県別に児童生徒1000人当たりのいじめの件数を見ると、全国平均は23.9件でした。京都府が96.8件と最も多かったのに対して、最も少なかった香川県は5件ちょうどで、2つの県の差は19倍以上ありました。

 合わせて32万3808件、前年より9万8000件以上の増加したとなると、前年比43.3%増です。これだけ「いじめ」が問題視されている中で、なぜ突然こんなに増えてしまうのか。
 しかも京都府はほぼ10人に1件の割合でいじめ事件が起こっているのに、香川県は100人に1件もない、このばらつきは何なのか、京都府は極悪の地域なのか――。

 

【統計のウソ】

 結論から言うと、これは統計のマジックなのです。
 以前もこのブログで扱いましたが(「いじめ隠しはない、しかしいじめは増え続ける」〜自分の目で見る⑨ - カイト・カフェ)、これまでも日本のいじめ件数は徐々に下がっては突然増えるということを繰り返してきました。

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 ネットではしばしばそれを、「大きないじめ事件が起こってマスメディアが大騒ぎをすると、慌てた教育委員会は調査し直し、学校は仕方なく本当の数字を出してくる」と説明しますが、しかし違います。

 母集団が万・十万といった巨大な値であってしかも数値が大きく動くとしたら、それはたいてい基準の変更なのです。いじめ問題について言えば「いじめの定義」が変わるのです。今回についても、
 いじめをめぐっては、岩手県仙台市で被害を受けた生徒が自殺するケースが相次ぎ、文部科学省は学校や教育委員会の対応が不十分だったとして、今回の調査からいじめにつながるおそれがあるけんかやふざけあいについても、学校に積極的に報告するよう求めていました。
と、報告すべき内容が増えたのです(NHK7時のニュース、「ニュース9」ではそこまでの説明がありました)。

 さらにその定義は定規で測れるようなものではありませんから、各都道府県によってばらつきが出ます。

f:id:kite-cafe:20200111192431j:plain 京都府は伝統的に厳しい数値を出すようにしています。ほかにも宮城・宮崎・千葉・和歌山、あるいは山形・山梨・大分といった各県は数値を多く出してきます。少ないところは少ない。それは定義があいまいで、それぞれ経験に即してやっているだけだからです。大した意味はありません。
 しかしそんなふうにあいまいなまま、いたずらにいじめ件数を増やしていくことにどういう意味があるのでしょう。

 

【子どもは自由を奪われる】

 ケンカやふざけあいも「いじめ」となると、教師たちは子どもたちを厳しい監視下に置かねばならなくなります。少しでもケンカの気配があったら割って入らなければならないからです。

 子どもたちは泥だらけになって傷ついて、自分たちの力で問題を解決する道を奪われます。少しでも不穏な雰囲気になったら、誰かが間に入って問題を解決してくれる、そういう学習をたくさん続けることになります。

 もちろんいかなる時も、友だち同士ふざけあう、なんてことはできません。それはいじめの予兆として厳しく制限されているからです。子どもたちは幼いころから他人との間に適切な距離をとり、必要以上に近づかないように訓練されなければなりません。

 本当は子ども同士、互いに高めあう関係であってほしいのですが、友だちを正す前に正す言葉が吟味されます。というのは嫌なことを言われて傷つく子がいるかもしれないからです。
 そしてそのうち面倒になって、誰も他人の悪いところを指摘したりしなくなります。そういうことは全部、先生にやってもらえばいいのです。下手に口を出して「いじめ」扱いされたらかないません。

 そのたびにハードルが高くなるのですから、今後もいじめがなくなる可能性はありません。もうこうなると科学的に「いじめ」を検討することもできないでしょう。

 あとはただ、監視のための教員増を願うだけです。