カイト・カフェ

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「安全圏の魔力、交換ノートの罠――真に受ける価値はない」~ネット上のやり取りで傷つかないために④

 普段はおとなしい紳士なのに、ハンドルを握ると人格が変わるという人がいます。
「ハゲー!! 違うだろー!!」
 じゃないですが、
「ふざけんなー! ノロノロ走ってんじゃネーよ!!」
 みたいな人です。
 本人は非力でも、ハンドルを通して巨大な鉄の塊(自動車やバイク)を自在に振り回している、そういう有能感も原因のひとつかもしれません。しかしそれは、基本的には「車の中にいて相手に聞こえない」という安心感がそうさせるのだと思います。
 そのくせそういう人に限って、白バイ警官に窓を開けるように言われたりすると、借りてきた猫さえも偉そうに見えるほど、ぺこぺこと頭を下げたりしている(私です)。

【安全圏の魔力】

 ネット上のやり取りがしばしば信じられないくらい残酷になるのは、ひとつにはそうした「安全圏の魔力」があるではないかと、私はそんなふうに思っています。

 面と向かっているわけではない、声も察知されない、匿名に守られている、だから絶対に反撃される心配はない――そうした状況では、普段はできない特別な思考が動き始めるのです。
 匿名掲示板などでしばしばみられるあの尊大な物言いは、おそらくその証拠です。西鉄バスジャック事件の“ネオ麦茶”はそうでしたし、秋葉原事件の加藤某は逆に「ダメ男」キャラでしたが「ネットの中で別人格を完成させてスレッドを支配しようとする」という点では同じです。

 ここで注意してほしいのは、それは、
「匿名だから自由にものが言える」
「(LINEグループなどで)本人のいない場なのでホンネが語れる」
ということではないという点です。

 安全圏にいるからほんとうの自分が晒せるとか、言いたくても言えなかったことが言える、とかいうのではなく、むしろ普通ではない行動ができる、本来はあるはずのない態度がとれるということです。

 最初の例に戻れば、車内で「ふざけんなー!!」と叫んでいる私は普段の私ではありません。「相手にバレないから地が出る」のではなく、「相手にバレないから演じる」のです。

 ネット上で書き込みをしているとき、おそらく私たちは尋常でない。
 

【腐る交換ノート】

 かつて教師たちの指導項目の中には、「交換ノートの禁止」というのがありました。
 校則として記述した学校は少ないと思います。禁止する理由がうまく説明できないからです。

 私も教員になりたてのころは、「なぜ、ああも先生たちは夢中になって交換ノートを禁止したがるのだろう」と不思議に思いましたが、しばらくすると理由がわかりました。
 交換ノートはほぼ確実に腐るからです。
 もしかしたら世の中にはきわめて健全で、互いを高めていくような交換ノートというのもあるのかもしれませんが、普通は腐ります。はじめはよくてもすぐに不平・不満のはけ口、陰口・悪口のるつぼ、よからぬ相談が暗躍する暗黒ノートと化すのです。

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【なぜノートは腐るのか】

 なぜそうなるのか分からないのですがそこには複数の理由がありそうです。

 ひとつは、もちろんそれが最初から「秘密のノート」だということです。
 学級日誌のように、みんなが読むことを前提としたものなら腐るはずがありません。しかし特定の仲間の間だけで交換される「秘密のノート」は最初から“他人には言えないこと”を書くことが予定されます。
 不平・不満、陰口・悪口、よからぬ相談はすべて“他人には言えないこと”です。
 

【筆が滑る】

 また、それとは別に、「筆の魔力」というのもあります。
 私自身もしばしばやってしまうのですが、喋り言葉だと途中で筋が分からなくなって「あれ、何を話していたんだっけ?」となるところも書き言葉だと何とかなる、途中まで書いた文を無理やり読点まで引っ張っていくと、いちおう筋の通った完結した文ができ上がる、しかしそれはどこかで本意とは異なったものになっているのです。
 「口が滑る」と同じ意味で私は「筆が滑る」と言いますが、「余計なことまで書いてしまう」「言いすぎてしまう」「もともと考えていたこととは違う方向に進んでいるのに制御できず、そのまま書き進んでしまう」といったふうになるのです。
 例えば、いったん悪口を書き始めると、そのまま突き進んで引き返せなくなってしまうといったことです。

 私は若いころにラブレターで文章修行をしたような人間ですが、その頃も書きすぎました。
「これをもらったら、彼女、絶対に腰が引けるよな」
と思いながら、何時間もかけて苦労して書いたものなので反故にすることもできず、封筒に宛名を書くと切手を貼って、目をつむって一気に投函しました(そして案の定、引かれました)。

 現代はクリックひとつで文章が送れる時代です。
「これちょっとヤバイ(書きすぎた・言い過ぎた・趣旨がちょっと違う)よな」
と迷っても、送り出すのは一瞬です。
 

【集団心理の魔力】

 交換日記が腐る三つ目の理由として、これを三人以上でやっている場合、悪い意味での集団心理が働くということが考えられます。

 無意識のうちに煽りあい、梯子に梯子を継ぎ、気がつくと思ってもみない方向の思ってもみなかった高さにいる、そして降りられない。本当は単なる勢い言ってしまったことも、文字としての残っている以上撤回できない、今さら引けない、態度を変えにくい――。

 子どもたちがいかに挑発に弱いかは、すでによく知られたところです。
 私もこのブログで再三扱っています。(*下部欄外)

 煽られるとすぐに乗ってしまう。人間が変わってしまう。

 そうやって「ノート」の中で培われた(あまり本来的ではない)人間関係、個人の考え方が、やがて表を侵食し始めます。
 それほど嫌ってもいなかった人間が心底嫌いになる、さほど興味もなかった教師にすっかり嫌気がさす、そんなに興味もなかった悪事に手を染めたくなる・・・。
 ほんとうはみんなかわいい子だったのに、「交換ノート」を通じてどんどん悪い方向に進んでしまう――。

 教師は経験的に「交換ノート」をそういうものだと考えていたので、だから一生懸命取り上げようとしたのです。

 しかしそんな「ノート」も今はすっかり影をひそめてしまいました。
 理由は簡単です。それに代わる道具ができたからです。

 現代の交換ノート(裏サイトやLINEグループ、個人のやりとり)の中で、私たちはしばしば異なった人格を生きている。

【ネット上のやり取りで傷つかないために】

 ずいぶん長い文章になってしまいました。
 しかしほんとうはこれほど長く書く必要はなかったのです。
 言いたかったことは一つ。
「ネット上で交わされる言葉のやり取りのほとんどは思いの一端(7%ほど)しか表しておらず、時に本意ではなく、言い過ぎだったり方向がずれていたり、煽られて舞い上がっていたり誤解に誤解を重ねたものだったり――、要するに本来の彼、彼女、本来の自分だったらそうはならない、そんなふうには言わない、そうは考えない、異常事態が頻発する」
ということです。

 タイトルの「ネット上のやり取りで傷つかないために」の趣旨に従って言えば、
 だから(ネット上のやり取りは)
「真に受けるな」
ということです。
 いやなことは「聞き流せ」「なかったことにしろ」「許せ」。
 そう言っても構いません。

 ただしつい今しがた「交換ノート」のところで触れたように、中で培われた感情や人間関係が現実世界に浸出するということもありますから、全面的に放置することはできません。特に現実的な人間関係をネットの中でも続けているような場合(クラスメイトの中でLINEグループを作っているような場合)は要注意です。

 大事なことはただひとつ。
「言語情報(7%)をはるかに上回る聴覚情報(38%)、視覚情報(55%)に満ち満ちた現実世界での交際を豊かにしておけ」
ということ、ネットの中でどんなに冷淡な言葉が出てきても真に受けず、「ああ、あの子、虫の居所が悪いんだな」と考えるためには、その子に関する山ほどの「良き情報」がなくてはいけません。それをネットの世界だけで集めるのは容易ではないでしょう。
 もちろん「ダメだ、あの子、心底ひねくれてるワ」と見放す時も、山ほどの情報が必要です。

 それが集められるのは現実世界だけです。

 繰り返し現実に戻ってくること、
 現実世界を主戦場とすること、
 目で見て、耳で聞いて、手で触れあえるところでやり取りをすること。

 特に重要な事柄(謝罪とか言い訳とか説明とか、怒りとか不審とか)は、
 直接会って話す、
 会えなければ通話で話す、
 ネットでは語らない、

(この項、終了)

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