「加害者はいかにして加害者となっていくのか」②〜マイレジューム

川崎市中1男子生徒殺害事件」というのは小学校6年生の夏に島根県の離島から川崎市に引っ越してきた模範的少年が、わずか一年の間に年上の不良グループと交わるようになり、さらに6か月後、多摩川の河川敷で遺体となって発見された事件です。一か月以上も学校に来ていなかったことで担任の対応が批判されましたが、その間、数回の家庭訪問と三十数回に及ぶ電話連絡を繰り返していたことが明らかになり、責任を問う声は少なくなりました。容疑者は18歳の無職少年で、同時に17歳の二人も逮捕された、そういう事件です。

 18歳の容疑者少年は小学生のころから同級生と交わることがなく、常に下級生を子分にして君臨していたといいます。
「中学生の時から友人の金を盗んだり喧嘩で顔が骨折するまで殴っていた」とか「弱い者いじめをするが、強い奴には逆らわない。周りは年下ばかりだった」とか、評判はさんざんです。
 未成年なのに喫煙や飲酒もしており、鉄パイプでひとを殴って鑑別所に送られた前科もあるといいます。また「酒を飲んで酔っ払って暴れだすと手が付けられない」とか「常に武器を携行していた」といった点も特徴的です。

 この容疑者少年が少年が一方的に被害者少年をリクルートし、パシリのようにこき使っていたというのは誤解です。被害者の方から何度も連絡を取って近づいていった様子は多くの証言によって裏付けられていますし、詳細は分かりませんがある時期まで、被害者少年にとっても彼の近くは居心地の良い場所だったはずです。少なくとも、「多少我慢させられることはあっても、そこにいた方がいいところ」くらいではあったのでしょう。そうでなければ何日も何か月も、関係が続いたりしません。

 容疑者少年にとっては舎弟がひとり増えることですから悪いことではありません。被害者が学校に行かなくなって一緒にいる時間が長くなるとなおさらです。ところがそうなっても、被害者少年は舎弟として十分な成長が見られなかったのです。例えば外部にいくつかの関係を持ち続けているとか、LINEのメッセージへの返信が遅いといったことです。そこで“ヤキ”を入れます。
 これは不良グループによくありがちな行為で、サル山のサルたちのマウンティングに似ています。要するに「どちらが偉いか」という確認作業なのです。ところがここで容疑者少年の想像だにしないことが起きます。

 たしかに“ヤキ”を入れすぎたこともあったのですが、あろうことか被害者少年が腫れあがった顔写真をLINEに掲載し、外部に拡散してしまうのです。さらにそれを知った別グループが容疑者少年のところを訪れて集団で取り囲み、詫びを入れさせます。容疑者少年は自分より年下のグループに土下座させられたのです。「強いやつには逆らわない」彼にふさわしいやり方です。

 私はこのとき「謝らせにきたグループ」を、被害者少年ファンの良い子たちだとは思いません。容疑者グループと似たり寄ったりの地域不良少年グループだと勝手に解釈しています。
 普通の良い子は直接交渉に行ったりしませんし、学校か警察に相談します。直接行くような子たちはここでもマウンティングをするのです。「偉い(正しい)のはどちらだよォ」というわけです。不良少年は時に“正義”が大好きです。

 しかし年下に土下座した容疑者少年の心には深い傷が残ります。ナイフは激し痛みを伴って心の奥まで差し込まれ、えぐられ、むき出しの内臓がさらされます。そして彼は左手に憎悪の剣を握るのです。

(この稿、続く)