カイト・カフェ

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「何があったか、誰にも分からない“いじめ”がある」~日本体操協会パワハラ事件と奄美中1指導死事件2

  信じがたいことだが、世の中には、
 誰がやったか、何があったか、誰にも分からない“いじめ”がある。
 加害者に全く罪の意識がない“いじめ”、やったことにすら気づいていない “いじめ”もある。
 しかし奄美中1自殺事件では何が起こっていたのだろう。

 というお話。 

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 【誰がやったか、何があったか、誰にも分からない“いじめ”がある】

 小学校6年生の担任をしながら学年主任もやっていた時のことです。

 隣の若い先生のクラスで、学校に来しぶっている男の子いると思っていたら、秋口から完全に来なくなってしまい、担任が一週間対応してもダメだったので保護者に学校に来ていただき、校長も交えて対応策を練ることにしました。ところが話の途中、
「先生たちは、何も分かっとらん。息子はいじめられて学校に来れなくなってるんだ」
と突然言い出されました。
 びっくりして担任を見るとこちらも驚いた表情でかぶりを振ります。
「誰かにいじめられていると言ってるんですか?」と訊くと、深く頷きます。
「誰です?」と重ねて訊くと、
「分からない」
「何をされたと言っています?」
「それも分からない」
 呆れて匙を投げるような気持ちになると、それを読まれたようでいきなり怒り出し、
「誰がやったかなんて、そんなことしゃべったら息子は仕返しされてしまうでしょ。それが怖いんです。だから言えないんです」
「しかし誰がやったか、何をやったかが全く分からないと調べようがない」
 そう言うと、
「それを調べるのが先生の仕事じゃないですか」
と突き返され、その後かなり激しいやり取りがあって最後に、
「何があったかは親である私たちが一番知りたいんですよ。とにかく調べてもらって、そこから考えるしかないでしょ。すぐにでも調べてください。お願いします。また来ます」
 そう言って席を立たれてしまいました。
 茫然として見送ると5分もしないうちに電話がかかって来て、
「言い忘れましたが報告は文書でお願いします。一週間後に取りに来ます」
 ああ、誰に背後からアドバイスされているなと私は思いました。
 
 その日から担任は家庭訪問しても玄関払いです。クラスの調査の方も難航して、唯一、しばらく前の休み時間に体育館の隅で泣いているのを見たという目撃談があるだけで、あとは一切出て来ない。普通は教師が真剣に取り組めばしゃべってくれる子が何人かいるはずです。それがないとすれば“いじめ”は秘密裏に行われ、加害者たちがしらばっくれているのです。
 そんな状況で手あたり次第連れてきて、
「オマエが犯人じゃないか」
と詰め寄っても真実をしゃべる子はいません。

 結局一週間は瞬く間に過ぎ、ほんとうに窮してしまったところへ件の保護者から電話があり、
「転校することにしました。だから調査はけっこうです」と言って本当にあっという間に近くの別の学校に移ってしまいました。

 いじめ事件の指導は被害者の救済であると同時に加害者の間違った考えを改めさせる絶好の機会です。ですからそんなかたちでウヤムヤになるのは喜ぶべきことではないのですが、その時ばかりは何かホッとしました。

 こうして私の「誰がやったか、何があったか全く分からないが、被害者だけはいる“いじめ”事件」は終結したのです。

 

【加害者に全く罪の意識がない“いじめ”、やったことにすら気づいていない “いじめ”】

『紗英さんは由美さんに「もっと友達と積極的に話した方がいいよ。」と助言をしたつもりだったが、対人関係に悩んでいた由美さんはその言葉で深く傷ついてしまった』

『良太くんが算数の問題を一生懸命に考えていたところ、算数が得意な隣の席の雄一くんが口を挟んで解き方と答えを教えてくれた。良太くんはあと一息で正解にたどり着くところだったのに言われしまい、悔しさのためにその場で泣き崩れてしまった』


 これは私が経験した事例でも創作したものでもありません。
 2016年10月に行われた文部科学省の「いじめ防止対策協議会」で、資料として示された“いじめ”の具体的な事例(第5回いじめ防止対策協議会配布資料)です。それを少し読みやすいように変えました。(

 この事例について、“資料”は次のように言っています。
 いじめ防止対策推進法に規定するいじめの定義を正確に解釈して認知を行えば、社会通念上のいじめとは乖離した行為「ごく初期段階のいじめ」「好意から行ったが意図せず相手を傷つけた場合」等もいじめとして認知することとなる。
 さらに、
 法の定義は、ほんの些細な行為が、予期せぬ方向に推移し、自殺等の重大な事態に至ってしまうことがあるという事実を教訓として学び取り規定している。よって、初期段階のいじめであっても学校が組織として把握し(いじめの認知)、見守り、必要に応じて指導し、解決につなげることが重要である
ともあります。

 友情から励ましたり算数の答えを教えてしまった子に、“いじめ”の加害者だという意識はないでしょう。気づかずそのままやり過ごしてしまうことだってあります。それを気づかせ指導するのも教師の仕事なのです。

(*)今年10月25日に文科省から発表のあった『2017年度に認知した「いじめ」の件数が、前年度比9万1235件増の41万4378件』はこうしたものまで含んでの数値です。
(参考:キース・アウト「いじめ認知41万件に=最多更新、小学低学年で急増
-17年度問題行動調査・文科省」
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奄美中1指導死事件の分からなさ】

 昨日少しお話しした『奄美1中「指導死」事件』は新聞(2018.12.09『奄美中1自殺は「指導死」第三者委が市に報告書提出毎日新聞)のリードによると、 
 鹿児島県奄美市の市立中学1年の男子生徒(当時13歳)が2015年11月に自宅で自殺し、市の第三者委員会は9日、自殺直前に受けた担任の男性教諭の指導と家庭訪問が生徒を追い詰めたとする報告書を市に提出した。担任が十分に事実確認せずに「同級生に嫌がらせをした」と思い込んで指導と家庭訪問をしたことが「不適切だった」と判断した。
というものです。

 自殺した生徒が疑われた“いじめ”というのは、ひとつには
 2015年9月15日 同級生が授業後に泣いた。担任に「嫌なことがあったら話すように」と言われ、同級生は男子生徒ら10人の名前と行為を挙げた。男子生徒には「消しゴムのかすを投げられた」とした。
というもので、
 担任は放課後に10人を指導し、同級生に謝罪させた。男子生徒は、友人や家族に「同級生からやってきたのに、自分が怒られた」と不満を述べた
(注:文中の「同級生」はいじめの被害を訴えた生徒、「男子生徒」は加害を疑われ自殺した生徒。以下、同じ)

 ふたつ目は同じ年の11月2日、
 同級生が欠席。同級生の母親が担任に「友達に嫌がらせを受けるので行きたくないと言っている」と伝えた
 その二日後、
 同級生が登校。担任が紙を渡し「他の生徒からされた嫌なことを書くように」と告げる。同級生は、男子生徒を含め5人からされた行為を記入。男子生徒については「別の生徒が男子生徒に方言を教えて一緒に言ったりする」などと書く

 しかしこの件はその日のうちに一応のかたがつきます。
 放課後 担任が生徒5人を指導。担任は男子生徒らに紙を渡し、やったことを書かせたが、男性生徒は何をしたのか思い出せない様子で、担任も「本当にちょっかいを出したのだろうか」と疑うほどだった。男子生徒は「自慢話の時、『だから何?』と言った。話を最後まで真剣に聞けていなかった」と書いた。担任は「責任取れるのか」などと5人を叱責し、謝罪させる。男子生徒は「意味分からんこと言ってごめんなさい。これからも仲良く遊びましょう」と言い、泣く。男子生徒は下校時、友人に「意味が分からない」などと不満を言う
(中略)
 同6時ごろ 担任が事前連絡なしに男子生徒宅を訪問。生徒に「誰にでも失敗はあることなので、改善できればいい」などと言い、生徒は泣いていた。
(中略)
 同6時55分ごろ 帰宅した母親が首をつっている男子生徒を発見

 まさに私が上で挙げた二番目に似て、
「加害者に全く罪の意識がない“いじめ”」「やったことにすら気づいていない “いじめ”」なのです。

 加害者とされ自殺した生徒は一回目で、
「同級生からやってきたのに、自分が怒られた」
と不満を言い、2回目では心当たりがないので、
「自慢話の時、『だから何?』と言った。話を最後まで真剣に聞けていなかった」
と、もしかしたら見当違いかもしれない話を必死に思い出して謝罪します。まるでカフカの『審判』みたいな話です。

 この時も下校時、男子生徒は友人に、
「意味が分からない」
などと不満を言ったようです。

 担任は――、
 しかし担任も事態を十分に飲み込んでいたわけではありません。
 やったことを書かせたが、男性生徒は何をしたのか思い出せない様子で、担任も「本当にちょっかいを出したのだろうか」と疑うほどだった。
 それにもかかわらず担任は、
「責任取れるのか」などと5人を叱責し、
 家庭訪問まで行って、
 生徒に「誰にでも失敗はあることなので、改善できればいい」
 などと励ましてさらに男子生徒を追い詰めます。

 いったい彼らの間で何が起こっていたのでしょう。

                      (この稿、続く)