「デイ・バイ・デイ(このブログ)のこと」③

 なぜ書くのかというと、もちろん私自身の表現欲が主因です。

 私にはたくさんの“知っていること”があるのです。そしてその“知っていること”の大半は先輩教員から学んだことであり、その先輩もさらに先人から学んだものです。

 げた箱の靴の揃え方、静かに清掃をさせる方法、保護者懇談会の席の配置、家庭訪問の心得、なぜ小学校では並んで教室移動をするのか、避難訓練が100点満点でなければならないのはなぜか、学校で公平公平と平等原則ばかりが優先さえるのはなぜか・・・。

 日本の教育は明治以来の近代教育だけでも150年近い歴史があります。その中で得たものは非常に大きいのです。先輩たちや歴史から得たものをきちんと伝えずに済ますのは本当にもったいない。それはぜひ広く伝えていきたい。私の欲求の核心はそこにあります。

 もう一つは教育動向です。
 私は社会科の教員ですから新聞もよく読みますしテレビのニュースも見ます。しかしそれにもバイアスがかかっていて歴史や政治経済・地理―つまり授業に使える記事は熱心に見ても、それ以外の問題には気が回りません。教員である以上、当然教育行政についてもしっかり見ておかなければならなかったのですが、とてもではありませんが手が伸びなかったのです。

 学校五日制は突然天から降ってきたようなもので、その影響は実際動き出すまで全く分かりませんでした。ゆとり教育批判の中で言われた「円周率が3の授業」とか「みんなで手を繋いでゴールインのかけっこ」といったとんでもないヨタ話も、盛んに語られた当の時期には検証ができなかったのです。

 本当は政府や世論が学校をどの方向に進めて行こうとしているか、しっかりと見ておかなければならなかったのです。学校に対する誤解や不審はいちいちこれに応え、誹謗中傷に対しても戦いを続けなければならなかった、しかしとにかく若いころは日々に忙しく、大局的なことを考えている時間がありませんでした。それでホゾを噛みました。
 この間、学校は押される一方です。保護者の素朴な問いにも答えられず、そのために不信感をさらに深めたりしてきました。

 政治や世論が学校教育をどういう方向に進めようとしているか、それをしっかり把握したうえで保護者や社会に学校を説明していく、それが今日の教員に求められる大きな力です。その仕事にはたくさんのベテランがかかわる必要があります。その一人でありたい。そして少しでも仕事を果たし、若い先生たちに伝えていきたい―それが二つ目の理由です。

 三つ目に、その日その時、私が感心したり喜んだりしたことワクワクしたことを、子どもたちに伝えたい、それが理由です。

 もちろんそのためには先生方のお力を借りないわけにはいきません。ズカズカと他人の教室に入り込んで勝手に話をしたところで、果たせるのは一クラスだけです。けれどもしその日、私と同じように記事に感心して、「これ、教室で話そう」と思われる先生が二人いたら、二クラスで共有できます。三人いたら3倍です。

「今日は何の日」的なことや歳時、豆知識のようなことを書くのはそのためです。