カイト・カフェ

毎朝、苦みのあるコーヒーを・・・

「ブレンデッド・チャイルド」~ウイスキーとコーヒーと子育ての話

 酒は毎晩飲みます。
 オン・ザ・ロックと言っていますが、ウィスキーに氷を浮かべるのではなく、グラス一杯に氷を入れ、そこになみなみとウィスキーを入れ、それから風呂に入る。すると風呂から出てくるころには程よく氷が解けていてちょうど飲みやすくなる、それを時間をかけて飲むのです。次第に薄味になってしまいますが、酔いが進んでいるので苦になりません。これが水割りだと最初からビショビショした感じで嫌なのです。

 私はビールを好みませんし、味の違いも判りません。しかしウィスキーは分かります。とにかく種類によって味が全く違うので、私のような味音痴でも“違う”ことだけは分かるのです。このことはつまり、ウィスキーは人によって好き嫌いがはっきり分かれるということでもあります。

 例えば基本的に私は、大麦だけを原料とする(シングル)モルト・ウィスキーもトウモロコシが原料の80%以上であるコーンウィスキーも好みません。とにかくアクが強いというか個性が強いというか、とげとげしい感じで取っつきが悪いのです。そこにいくと最初からブレンド・ウィスキー(正しくはブレンデッド・ウイスキー)と名乗っているものは味もまろやかで飲みやすいものになっています。

 また同じモルトウイスキーでも、複数の醸造所でつくられたものをブレンドすると、それはそれでまろやかになります。

 ブレンドすると個性が消えるというのはコーヒーも同じです。
 私はブルー・マウンテンかマンデリン、どちらもなければキリマンジャロを選びます。ハワイアン・コナとかモカしかないと言われたらインスタントコーヒーに手を伸ばします。いずれコーヒー好きはそんなものでしょう。しかしブレンド・コーヒーが苦手という人はいません。ブレンド・コーヒーは癖がなく、味がまろやかなのです。

 そしておそらく子どもも、ブレンドするとまろやかになるはずです。

 今日の子どもや学校問題の根本原因のひとつは、子どもが学校外に所属すべき大集団を持たなくなったからだと思っています。

 私の子どもころですらすでに大家族というのは少なくなっていましたが、それでも近所には年中一緒に遊ぶ同い年くらいの子どもがたくさんいました。小さな乳幼児が一緒に遊び、それを当番という訳でもないのに誰かの母親が静かに見守っている、そういう構図はありふれたものでした。それが長じるとジャイアンのような子に引きつれられた地域子ども社会に移行します。そんなふうに私たちは赤ん坊のころからさまざまに触られ、刺激され、経験させられて大きくなったのです。

 しかし私が親になるころにはそれすらなくなっていました。子どもの遊び相手は親くらいしかいません。
 “三つ子の魂百まで”が本当なら、せめて4歳までにさまざまな人とふれあい、さまざまな経験をし、より多くの価値観と接触しなければなりません。そうすることで受ける養育の偏りは是正され、よりまろやかな人間形成を促すはずです。まさに人格のブレンデッドです。

 その意味で団地の公園デビュー”というのはかなり有利なことです(最近聞きませんが今もあるのでしょうか)。母親にとっては面倒くさいこともあるかもしれませんが、子どもにとっては必要なことです。そしてそんな恵まれた環境にない人は、一刻も早く幼稚園や保育園に入れるべきです。そこには多様な価値観によって育てられたさまざまな子どもたちがいるからです。

 そこでゆっくり熟成させるしかありません。高級でまろやかなウィスキーのように。