「穂積隆信という男」②

 1982年に出版された「積木くずし―親と子の二百日戦争」は読む者にとって非常に有益な本です。しかし出版によって日本中に名を馳せてしまった主人公の娘にとっては、あまりにも過酷なものでした。

 本の出版、テレビドラマ化、映画化と、「積み木くずし」が社会現象になる中で、穂積夫妻はマスコミの寵児となり、テレビのワイドショウに繰り返し出演するうちに講演会講師として招かれ、やがて私設の教育相談所まで開設してしまいます。だれが考えてもスジの違う話です。
 ふたりは立派な子育てをした夫婦ではなく失敗した夫婦なのです、そしてその重いツケは娘が一人で背負わされている・・・多くの読者がそう感じていたはずです。それなのに “筆者”の方はまるでお感じなく、子を放り出して金儲けに奔走します。
 そして案の定、数年後、“娘”は覚せい剤に手を出し、警察に逮捕されます。夫婦は離婚し、その後穂積に多額の借金があることが発覚し、やがて“娘”のヌード写真集が発表されたかと思ったらしばらくして妻が病死し、続いて娘も35歳の若さでこの世を去ります。それが2003年のことでした。

 その翌年、穂積は「由香里の死、そして愛〜積み木くずし 終章」を出版します。その中で結婚前の妻がある企業家の愛人であったこと、彼女が別の男に騙され「積み木くずし」で稼いだ穂積の4億円を丸ごと奪い取られてしまったこと、病死とされていた妻の死は実は自殺だったことなどが明かされています。娘の非行のきっかけも仲間から受けたいじめ(特に性的いじめ)だったことも赤裸々に語られています。いったい何のためにこの本を書いたのか。今さら、妻や娘の極めて私的な秘密を暴いて何になるのか。
 結局この人は「〜200日戦争」と同じように、金儲けと評判のために家族を踏み台にしたのです。私にはそうとしか思えません。

 今回のテレビドラマでは私の知らないいくつかのことが出てきました。金を騙し取った男と“妻”が以前から愛人関係にあったこと、娘が“自分は穂積に娘ではないのかもしれない”と疑っていたこと、穂積自身の不貞、自殺した妻に長文の遺書があったこと、などです。

 番組には穂積自身がチョイ役で出ていましたので、今度のドラマ化に際してまた新しい事実でも監督に伝えたのかなとも思ったのですが、それはとんでもない思い違いでした。穂積は今年の3月に「積木くずし 最終章」という本を新たに書いていたのです。それどころか調べてみると、穂積が家族を題材に出版した本は実に7冊(『積木くずし〜親と子の200日戦争』『積木くずし あとさき悩める親からのアドバイス』『積木 その後の娘と私たち』『積木くずし(続)』『積木くずし崩壊 そして…』『由香里の死 そして愛 積木くずし終章』『積木くずし 最終章』)、娘と妻をネタに再三メディアに露出しようとした様子がうかがえます。

 私は若いころはガチガチの無神論者でした。しかし年を経て、自然に生まれる信賞必罰の理を見るうちに、案外、神様というものはほんとうにいるのかもしれないと思うようになってきました。しかし悪魔もまた、ほんとうに存在するのかも知れません。穂積隆信の耳元でこんなふうにそそのかす悪魔です。
「ホラ、またいい機会だ、本にしろ。必ず儲かるぞ、またマスコミの寵児だ、みんながお前に注目し始める」
 娘を傷つけ、妻を傷つけ、死に追いやってもなお過去を暴かずにおれないのは、たぶんそのためです。
積木くずし 最終章』に至っては、もはや事実かフィクションかも分かりません。