「穂積隆信という男」最終章〜『積木くずし』から学んだこと

 俳優の穂積隆信さんが亡くなったそうです(2018.10.20 朝日新聞)。
 かつての青春ドラマで「理事長に取り入って次期校長の座を狙う悪い教頭」という役どころで活躍した人で、意外なところで言えば名作「真夜中のカウボーイ」のダスティン・ホフマンの声も担当していました。

 ゴマをするしぐさと高慢な態度をめまぐるしく使い分け、イッヒッヒと下品な笑いを浮かべる演技も絶妙でした。

 しかし何といってもこの人を有名にしたのは1982年出版の著書「積木くずし―親と子の二百日戦争」(初版は桐原書店、現在はアートン2005)でしょう。

 これはある日突然(と穂積は思っている)不良少女となった実の娘、穂積由香里との200日間に渡る葛藤・攻防を描いた作品であり、テレビドラマとなり映画化されたこともあって国内で300万部を超す大ベストセラーになったものです。

 しかし私はこの人が好きになれませんでした。

 もう鬼籍に入ったので「穂積隆信さん」と「さん」付けで呼びますが、もともとは素直にそう呼べない複雑な感情を持っていたのです。それは感謝であり、軽蔑であり、同情であってなおかつ憎しみを交えたような、自分自身でも説明しようのない感情です。

 とても強く意識してきた人なのでブログでもこれまで何度も扱ってきたつもりでしたが、改めて調べたら驚くべきことに、たった1回二日に分けて書いただけでした。感情のままに書いたので題名もそのものずばり、「穂積隆信という男」① - カイト・カフェ「穂積隆信という男」② - カイト・カフェです。

 同じことを二度書いても仕方ないので彼に対する基本的な思いはそちらで読んでいただくこにとして、亡くなって改めて思うのは、私にとっての一時代もまた終わったな、というようなことです。

 

【「積木くずし」から学んだこと】――その1

積木くずし」は私にとってひとつの時代の幕開けでした。

 私がこの本から教えられた一番重要なことは、不良少年少女を立ち直らせることはとんでもなくプロフェッショナルな仕事だということです。学校で言えば生徒指導がそれにあたります。  著書の中で穂積夫妻の担当である警視庁少年相談室心理鑑別技師(法務技官の一種か?)竹江孝という人が最初に示した5つの課題、
一、子どもと話し合いをしてはいけない。 (親の方から絶対に話しかけてはいけない。子どもの方から話しかけてきたら、愛情を持って相づちだけを打つ。意見を言ってはいけない
二、子どもに交換条件を出してはいけない。相手の条件も受け入れてはいけない。
三、他人を巻き込んではいけない。 (どのような悪い友だちだと思っても、その友だちやご両親のところへ抗議したり、また、電話をかけたりしてはいけない)
四、日常の挨拶は、子どもが挨拶しようがしまいが、「お早う」「お帰り」「お休みなさい」等、親の方から正しくする。子どもがそれに応じなくても、叱ったり文句を言ったりしないこと。
五、友だちからの電話、その他連絡があった場合、それがいかなる友だちからのものであっても、事務的に正確に本人に伝えること。
は、前回も書きましたが、現代においてもなお光彩を放つ一級の助言です。そこには普通の親だったら当たり前にやっていることが羅列され、それが全否定されているからです。 「子どもと話し合ってはいけない」など、普通の助言者なら絶対に言わないことでしょう。それどころかたいていの場合、「子どもとじっくり話し合いなさい」は真っ先に出てくる言葉です。

 しかし考えてみましょう。 「煙草を吸ってはいけない」「シンナーを吸ってはいけない」「万引きをしてはいけない」「夜遊びをしてはいけない」等々は話し合っていい内容でしょうか? 話し合った末に「外では吸ってはいけない(家の中ではいい)」とか「5000円以下の万引きなら許す」といった妥協が成立するはずもありません。 

 子どもと話し合うためには、話し合っていい内容と時期と状況があるのです。このころの穂積家で何か話し合いを始めれば、必ず決裂するか親が譲歩を強いられます。それは指導の退却です。

 ダメなものは絶対にダメなのであって一歩も譲ることはできない。譲ればオマエが決定的にダメになってしまうから。親としてそれは命に代えてもさせられないことだ。
 そういった意志を示すしかとる道はありません。

 以下、「交換条件を出してはいけない」「他人を巻き込んではいけない」等々はすべて同じです。

 オマエの問題はすべて私が自分の責任で、他人に頼ることも巻き込むことなく、全身全霊で立ち向かう
 そういう姿勢を見せるしかないのです。

 さて、最初の課題がいちおう通過できて穂積家の娘に良い兆しが見えると、竹江技官はひとつ、ふたつと順に課題を増やしていきます。
 二回目の課題は、
「たとえ10円なりとも金を渡すな。必要なものは親が一緒に買いに行け。友だちからの借金も肩代わりするな」
 三回目は、
「門限を10時と定め、1分でも遅れたらカギをかって家に入れるな。どんなに泣き叫んでも中に入れてはいけない」
 いずれにしても普通の親にはなかなかできないことです。しかしその「なかなかできないことを娘のために敢えてする」ことが重要なのでしょう。
 オマエがよくなるために、父も母も血も涙も流す、世間体も気にしない、気の遠くなるような不安も耐えてみせる  
そういうことです。

 

 【「積木くずし」から学んだこと】――その2

「積木くづし」から学んだことの第2点は、
「プロは、どんな状況でも自信をもって解決策を示さなくてはならない」 ということです。
 それが決定的で完璧な解決策である必要はありません。人間相手のことですから100%すべての子どもに当てはまる方法などないからです。

 しかし保護者から相談を受けた専門技官が(教師が)、親と一緒に頭を抱えていても仕方ないでしょう。竹江技官のように自ら対応策を示せれば一番いいのですが、それができなければせめて“どこへ相談に行けばいいのか”くらいは答えられなくてはなりません。

 そして一緒に相談に行って、親とともに学んでくればいいのです。それが次回、別の子どもの指導に生きてくるに決まっていますから。
 私はそのようにしました。

  

【「積木くずし」から学んだこと】――その3

 穂積夫妻は竹江技官というめったに出会えないような優秀な心理技官を紹介され、繰り返し指導を受けるという幸運を得ることができました。それにもかかわらず、結局はうまくいきませんでした。

 ダメな親は結局ダメだ――それが私が「積木くずし」から学んだ三つ目のことです。
 冷たい言い方をすれば、 「ダメな親だから娘があんな風になった。そのダメな親に期待をかけても結局うまくいかない」 ――少なくともそういうことがある、という点だけは押さえておかなくてはなりません。

 警視庁の心理技官にしても教師にしても、子どもの前を通り過ぎるだけの一過性の人間です。後のち大人になるまで面倒を見てくれるわけではありません。その意味では親が本気になって立ち向かい、最後まで頑張り続けなくてはならないのは当たり前ですが、ダメな親はやっぱりダメなのです。親に向いていない人も、技能が伴わない人も、そもそも意欲にかける人もたくさんいます。だったらどうしたらいいのか。

 警察の心理技官も児童相談所の係官も、あるいは医者も同様ですがクライアントが通うのをやめてしまったら縁が切れてしまいます。しかし教師は違います。少なくとも在学中は繋がりを断つことはできません。

 だとしたら、親がダメでできないなら、オレがやるしかないのだろうな――それが学んだことの三つ目の付帯事項です。そしてそのようにしてきました。

  

【それにしても――】

 スポーツ報知による穂積隆信さんは娘さんの死(2003年)に際し、ホテルの記者会見で次のようにつぶやいたとされます。
「棺がかまどに入るとき、由香里を殺したのは…自分のような気がした」
積木くずしさえ書かなければ…ゆかりを早死にさせちゃった。すごく後悔しています」
 私もその通りだと思います。

 しかしその後、彼は娘や妻の過去を暴く本を二冊も出版しています(『由香里の死 そして愛 積木くずし終章』2004、『積木くずし 最終章』2011)。
 私に生徒指導と教師の在り方を教え考えさせてくれたという意味で感謝し、彼の人生に深く同情しながらも、同時に軽蔑し憎むのはそのためです。(合掌)