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 私たち教員ですらそうですから、ましてや保護者となれば自分の子どもの受けている教育を他の学校と見比べることなどできません。学校に対する不満・要望というのは、自分の心の中にある「あるべき学校教育」との比較から生まれるものであって、それが現実的に可能かどうかは吟味されることはないのです。

 昨日の研究授業を見ながら、「このクラスの保護者はどの程度担任に感謝しているのだろう」とフト思いました。3年生クラスのほとんどの子が目をきらきら輝かせて授業を受けているのです。発言をする子の挙手は天をつく勢いでひじもしっかりと伸びています。こういうことがとんでもなくすごいことだということ、たいていの人は分からないでしょう。

 一番驚いたのは「三年峠」の歌を一人ひとり「こんなふうに歌いたい」と言ってから実際歌ってみせたことです。中には「酔っ払ったおじさんのように踊りながら歌います」と言ってその通りヘラヘラと踊った子もいます。

 人前で独唱すること、面白おかしく踊ってみせることがどれほどたいへんなことか、世間の人たちはほとんど知ることがないでしょう。心が開放されていること、友だちを信頼していること、どんなにバカなことをやっても「自分」の機軸がぶれることはないと自分自身を信頼すること、そういうことがないと、人前で踊ることなどできないのです。

 私たちは、自分の技量や自分の果たして来た成果について人に吹聴するようなことはしません。それは品性に関わる問題です。本来はそうあるべきでしょう。しかしどんなにすばらしいことが行われているのか知らずに、無体な要求を重ねてくる保護者がいる以上、こちらからも打って出なければなりません。自分のこと吹聴するのが嫌なら、隣の先生のクラスを誉めたり、行っていることの意味を解説したりということ、これからもっともっと大切になってくるのかもしれません。