崖を歩く人

 学校で最も重要視されている価値は「平等・公平」です。これを棄損すると児童生徒の信頼を失います。子どもたちはそれを「エコヒイキ」と呼び、エコヒイキをする先生はいつの時代も最も嫌われる先生です。

 もうひとつ。教育というのは、常に同じ態度で子どもに接することによって社会の価値や取るべき態度を伝えていくことです。したがって一貫性が重要で、その日その日で指導がブレるようだと子どもは何を学んだらいいのか分からなくなります。

 しかしこの「平等・公平」「一貫性」は必然的に指導の硬直性を生みます。宿題をしてこなければ休み時間に必ずさせる、熱がなければ保健室にいてはいけない、配膳された給食残さず食べる、といったふうにパターン化するのです。多少の融通は利かせるものの、パターン化させないとルールは維持できません。しかしそこに大きな落とし穴があります。

 K高校野球部の監督だったN先生は、全国制覇を何回も重ねるほどの監督ですからその練習も過酷だったはずです。選手は、少しぐらいの体の不調は耐えてがんばらなければ、そこまでの力は伸ばせません。しかしそのときの選手は「少しぐらいの不調」ではなかったのです。N監督がその後そういう批判に晒されなければならなかったか、そしてどうなったかは皆さんのご存知の通りです。

 これは監督の明らかなミスですし、息子を殺されかけた両親の気持ちも分かります。しかしわが○○県はそのためにN先生というたいへんな宝を失ってしまいました。

 本気で子どもと取り組み、本気で子どもを伸ばそうとすれば、そうした危険とは常に隣り合わせです。その意味で、子どもと戦う本物の教師は常に「崖っぷちを歩く人」です。子どもの命に関わることはもちろん、給食を食べさせることや宿題を完成させることにも不満な保護者はたくさんいます。

 もちろん先生ご自身はギリギリのところで精一杯子どもを伸ばすことに情熱を傾けていますから「それで失敗したら、辞めてもいい」くらいに思っているかもしれません。しかし私たちは違います。そうした、情熱的で優秀な教師を失いたくないのです。

 本校にもそんな「崖を歩く人」が何人もいます。時に私はハラハラしながらその様子を見ています。しかし先生方、崖を歩かれるのは仕方ないにしても、どうか足元をしっかりと見て、岩の一つひとつが確かであることを確認しながら進んでほしいものです。危険なところで教育をする以上、安易にものを信じてはいけないのです。どうか落ちないように注意深く歩いてください。