子どもが人間関係を学ばない時代


 今の子どものもっとも心配な点は、人間関係のやりくりがとても下手になったという点にあるように感じています。

 理不尽に耐えるとか、小異を捨てて大同につくとか、しばしば長いものに巻かれるとか、二つ譲って三つ通すとか、場の空気を読むとか、あるいはまたゴマを擦るとか取り入るとか、おだてるとか譲り合うとか、相手に引いてもらうためにまず自分が引いて見せるとか・・・そういった一種の手練手管のことです。

 不登校は明らかにそういった人間関係の未熟さから来ています。人とうまくやっていくことがとても大変なのです。

 イジメもまた、これと深く関わります。クラスにグズな子やのろまな子がいたっていいのです。世の中というのはそういうものです。Aちゃんにそれができなければ「しょーがないなぁノビ太くん」と言いながら何かをやってあげるドラえもんのように、自分がやってあげればいいのです。世の中なんて理不尽なものですから、そんなこと当たり前なのです。それができないから友達が許せなくなります。

 たまに人から冷たくされたって、友達から仲間はずれにされたって、それが何ほどのことですか。イジメ、イジメと騒ぐ必要はありません。自分に非があったら改めればいいだけのことですし、あちらが一方的に間違っているのなら他の友だちを信頼して立ち上がることです。それにまた、すべてがうまくいかなくても、あちらがダメならこちらでいけばいいだけのことです。別に友だちを探せばいいだけのことです。

 何か欲しいものがあったら、親に媚びたりゴマをすったりして何とか親から金を引き出すことを考えます。それでダメなら諦めるしかありません。友だちがそれを持っているからといって自分も持てるとか持つべきだといったことはありません。間違っても人を脅したり殴ったりして金を手に入れようなんて考えてはいけないのです。

 しかしそうしたことを学び、手練手管の方法を身につけるには、結構大変な修練が必要です。

 昔は残酷な「子ども社会」があり、あるいは近所のおじさんやおばさんが鬱陶しいほどに関わってそれを教えてくれ、その中で子どもたちは、しばしば泣きながら学習したのです。しかし今は意図的に学習しないと教えてくれる仕組がありません。それが親の一番の仕事なのです。

 その仕事は、遅くとも1歳には始めて5歳までには目処をつけなくてはなりません。その間に、たくさんの人と触れ合いながら覚えていくしかないのです。

 赤ん坊は首が座る前からたくさんの人に抱かれて、肉親以外の人も信じていいことを学ばなくてはなりません。

 赤ん坊は一歳になる前に、あっちへ行きたいとかこっちに興味があるということを指差しで指示できるようになりますから、大人たちがそれに応えたり応えないことにより、子どもには自由と制限があることを教えなくてはなりません。5歳までにたくさんの経験をし、できることとできないこと、していいこととしてはいけないことを学びます。

 その仕上げとして、小学校の低学年があるのです。その時期を、見知らぬ人と触れ合わないようにし、自分と家族以外は皆不審者だと教えられて育つ子なんて、本当に最低です。

 デパートでもコンビにでも、できるだけ人と触れ合わずに買い物ができるようになっています。ネット通販を使えばまったく人間の顔を見ずに買い物ができます。ケータイを与えれば、子どもは友だちとも顔を合わせずに付き合うことになります。嫌なことがあったらアドレスを変更してメールを受け取れないようにすればいいのです。

 さてそんな現代、私たちはどう子どもを育てていけばいいのでしょうか?