「隻脚のスイマーと家族の肖像」~パラ競技を観ながら思い出したこと

 パラリンピックもいよいよ本格的な競技が始まった。
 ここに至るまでの本人および家族の人生はいかばかりか。
 そうした人々の人生に思いを馳せ、同時にスポーツを純粋に楽しみながら、
 今後も観戦していきたいものだ。

という話。 

f:id:kite-cafe:20210827080855j:plain

(写真:フォトAC)
 
 

【公認プールのある学校】

 教員になって二番目に赴任した村立の学校には50mの公認プールがありました。学校のプールというのは25mが基本で、仮に50mプールをつくるにしても公認を取らないのが一般的です。公認プールとなるとさまざまな大会が持ち込まれたり何かと面倒だったりするからです。噂によるとわざと1cm短くして公認されないようにしているところもあると聞きます。
 それでも私の赴任校が公認にしてしまったのは、財政豊かな村の奇妙な見栄だったのかもしれません。ただしもちろんそのために、部活の地区大会やもうひとつ上の地域大会の会場にもなり易く、そのたびに水泳部と関係のない私たちまで駆り出され、迷惑この上ないことでした。

 私はその学校で3年間、大会があるたびに駆り出され、招集係として選手を集める仕事をしました。そこに現れたのが片足の選手だったのです。
 
 

【隻脚のスイマー】

 隣りの市の中学3年生の男子ですが片側の脚の膝から下がなく、スタート台ではギリギリまで松葉づえで立ち、「位置について」の合図でそれを友だちに渡すと、あとは倒れ込むように入水するのです。

 長距離自由形の選手でした。
 自由形(クロール)のバタ足は推進力としては大したものではなく、足を浮かせておくのが役割みたいなものですから片足もさほど苦にならないのです。特に長距離の場合たいていの選手はワンストローク・ツービートで泳ぐので足は流しているのと同じ、その意味でも隻脚のスイマーには向いているのです。
 ただし初めて見る者にとって、その姿は衝撃的です。


 通常、私たちは生活しているだけで街のあちこちで障害者と出会います。白杖車いすも珍しいものではありません。明らかに片腕のない人も、街中で手話でやり取りしている人も、今や珍しいものではありません。それなのに片足のスイマーが衝撃的なのは、やはりやはり水泳という足の切断面がはっきりと見える競技で、彼が勝負しているからです。
 車いすラグビーでも車いすラソンでも何でもいいのに、この子はなぜ選りによって水泳を選んだのか――それが“衝撃”の意味です。
 
 

【競技の入り口、様々な見方】

 もちろん今なら分かります。水泳は浮力に頼れる分、リハビリや障害者スポーツの入り口としてやりやすいからです。高齢者が改めてスポーツを始めるとしたらもっとも向いているのが水泳で、長く続けられるのも水泳です。私の母などは89歳までプールに通い続け、水ではなく、階段が怖くなってようやく行くのをやめました。

 40年近く前に私の会った片足の中学生スイマーも、そうした経験を経て最も水泳が向いていると考え、そのまま競技を続けて来たのでしょう。しかしそれにしても障害が最も露わになる競技です。私はその時すでに30代の半ばでしたが、本当に頭の下がる思いで、翻って自分の生き方を恥じました。。

 パラリンピックが始まり、最も早く行われる競技として水泳競技が毎日中継放送され、ニュースでも取り上げられるようになっています。もちろんそこにいるのは単に障害を持った人たちではなく、才能に恵まれ、異常な努力もできる人たちです。そしてその競技生活の最初の時に、何か特別な出会いのあったひとたちでもあるはずです。

 そのひとつひとつを確認することはできませんが、彼らの人生に思いを馳せて、今後の競技を見ていきたいと思います。
 私は人の子の親ですので、我が子が障害を持って生まれた、あるいは何らかの事情によって障害を持つに至った日の、親の気持ちを想います。どんな覚悟だったのでしょう。
 もちろんそれと同時に、興味ある競技については純粋にスポーツを楽しむ気持ちで観戦もしています。

 以上、様々な視点をもって、子どもたちにもパラ競技を見せたいと思っています。