教員になって初めて任された部活が水泳でした。経験があるからではなく、前年までの部活顧問が異動で他の学校に行ってしまったため新任の私が自動的に割り振られたのです。私自身の水泳経験は高校の授業どまりで、バタフライなど間近で見たこともありませんでした。
そんな私に指導されるのですから子どもたちもたまったものではありません。
「先生、50m泳いできますから見ていてください」
(泳ぎ切って私のところに戻り)
「どうでしたか?」
「ウン、・・・見てた」
さすがに最後の私の言葉はウソで、それなりに気の利いたことを言ったはずですが内心は「見てた、それだけ、何も分からない」に近いものでした。
【努力してもダメなこと】
もちろん努力はしました。何冊も本を買い込んだり(と言っても競泳の指導書なんてそうたくさんはなかった)、体育の先生の教えを請うたり、新聞の広告を見ていたら近隣のスイミング・スクールで「先生のための水泳教室(初級・中級・上級・コーチ)」というのが予定されていて、「これだ!」と躍り上がって私費をはたいて参加したところ、「コーチ・コース」は「コーチングのためのコース」ではなく「コーチができるほど水泳のうまい人のコース」(そもそもそんなもの必要だったのか?)だったらしく、死ぬほど泳がされてボロボロになって帰ってきたとこともありました。
しかし自身が選手として何年もかけて技術を磨いてきた人とは違って、いくら目と頭で勉強したとしても部員の泳ぎのどこに問題があるかなんてさっぱり見つけ出せず、効果的な練習法もまるで分らないままシーズンは終わり、翌年は副顧問に降格させられて(専門家が赴任してきた)私もホッとしましたが部員たちも心から喜んだに違いありません。
本業の社会科の授業も学級担任の仕事も初めてでままならない状態で、その上未経験の競技の顧問ではあまりにも荷が重すぎました。しかしそんあいいわけは子どもたちには、通用しません。それが当然です。
ところが、そんな私が10年以上たって小学校の教諭となり、そこでは嬉々として水泳指導に取り組んでいたのです。
【スイミングさまさま】
その間なにがあったのかというと結婚して二人の子の父親となり、それぞれが三歳になるとスイミングスクールに通わせ始めたのです。その送り迎えが私の役で、多少遠い場所のプールだったので二人が練習し終わるまで、いつも保護者席から見学していたのです。
そのつもりはなかったのですが何年もそうして見学していたことが、結局は小学生の水泳指導をするうえでとても役立ちました。
バタ足練習の時のビート盤の抱え方、クロールやバタフライの手の動き、背泳の肩の抜き方等々、我が家の子どもたちが腕を上げていくのに合わせてコーチとして指導すべき内容のレベルが上がっていきます。それを私が見るともなく見ながら覚えていくのです。
学校での小学生の指導はいろいろと面倒くさいことも多かったのですが、おかげで水泳指導だけは楽しく、また指導に達成感もありました。
【渦巻と水中スキー】
水泳の指導の仕方と言うのはスイミングスクールで見学しながら覚えましたが、一方、小学校に赴任して初めて知ったこともあります。そのひとつが“渦巻”です。
初めて勤務した小学校は一学年3クラス、児童数120人弱のなかなか大きな学校だったのですが、その100名を超える児童が一斉に同じ方向を向いてプール内を丸く歩き始めると、なんと水が一緒に動き始めて大きな渦ができるのです。適当な速さになった時に先生が笛を吹いて合図をすると、子どもたちはいっせいに歩くのをやめて流れに身を任せるようにします。すると全体がまるで「流水プール」なのです。いつまでも回っています。
これに最初に気づいた先生がどんな人なのか、会って話を聞いてみたいような気がします。この「渦巻」のおかげで水泳指導はずっと楽になったからです。
自由時間だというのに子どもたちのほとんどは流れに乗るのが楽しいくて危険なことはしません。それに何より、職員はプールサイドに立ってるだけですべての子を掌握し安全確認ができます。黙っていても全員が流れて来るのですから。
ほんとうに安全で楽しい時間でした。
一方、指導に余裕があってしかも楽しんでやっていると思わぬ閃きも訪れたりします。私の場合、それは「水中スキーの発明」です。
道具は簡単です。25mプールだとその二倍の長さに10mほどを加えた、つまり60mあまりナイロンロープを用意して、その真ん中に長さ30cmほどの木の棒を結びつけるのです。それで完成。
まず半分のロープをスタート台うしろのプールサイドに置いたままにし、児童のひとりに棒を握らせて水に入ってもらいます。
ロープののころ半分はコース上を反対側まで浮かべ伸ばし、向こうのプールサイドで待つ子どもたちにその先を持ってもらいます。そして引っ張るのです。
すると水の中で棒を握った子どもは水の中をスパーマンのように進み、あっという間に向こう岸に到達してしまいます、そこで次の子どもと交代です。
今度は最初にプールサイドに置いたロープを引っ張ることになりますが、その大部分は一番の子どもを引っ張った時に水の中に入っていますから、先端の5mほどが残っているだけです。それをこちら側で待機していた子どもたちが力いっぱい引っ張るわけです。それで2番目の子どもも復路を「水中のスーパーマン」のように進んで行きます。
棒付きのロープを二本用意すれば2チームに分けてのリレー競技ができます。またロープを引っ張る子どもたちも慣れてくるとただ綱引きのように引くのではなく、ロープを握っては後方のフェンスギリギリまで引っ張り走り、ぶつかる手前で放してまた一番先頭にもどってロープを握るというふうに、こちらもリレー方式に元気よく走ったりします。
手も足も使わずに水の中を高速で進むということは普通経験できることではありません。私もやってみましたが本当に面白い遊びでした。
ただしそれとて十数年前の話。いまとなればこれも「校長先生の許可を取らなければならない危険な遊び」ということになっているかもしれません。