「台所革命は女性を幸せにしたのか」~モノによってもたらされる幸せ⑤

 水と火の支配、冷蔵庫と洗濯機が台所革命の肝だ。
 母の世代はそれをわずか十数年で完成してしまった。
 そこで浮いてきた時間はおよそ6時間半
 果たして母たちはそれで幸せになったのだろうか

という話。

f:id:kite-cafe:20201119061300j:plain(写真:フォトAC)

 

【台所に水道が入る】

 火と水と洗濯機と冷蔵庫が台所に革命を起こす――。
 この中で最初に我が家に入ってきたのは水でした。どう変わったのかというと、逆に現代の家屋から水道が一切なくなることを考えてみてください。水洗トイレがボットントイレ、出てきたところの手洗いは溜め水、もうこの段階で「む~~り~~」という人も多いでしょう。
 風呂の水は、もちろんポンプ付きの屋内井戸でもあればいいのですが、そうでなければ外から窓越しにバケツで一杯一杯投げ込む、または風呂自体を屋外に出すしかありません。もっとも私の家は銭湯通いでしたからそうした苦労はありませんでしたが。

 しかし何といっても台所に水道がないのは致命的でしょう。
 流し(シンク)の横に高さ1mほどの大甕が置いてあって、外(そと)水道からバケツで汲み移しそれを使っていたのです。ご飯のお釜に水を入れるのも味噌汁を作るのも、そこからヒシャクで一杯ずつ。手を洗うにも右手を洗ってからヒシャクを持ち換えて左手を洗う(あれ? 洗ったきれいな手で汚いヒシャクの柄を握っていないか?)。ですから台所に蛇口のついたのはまさに革命的だったのです。水を流しながら食器洗いができる。

 ところで流しの横の大甕は用がなくなってもしばらくそこに置きっぱなしになっていたのですが、いつも甕の縁に体を寄りかからせて母に甘えながら語り掛けていた私は、もう水がなくなって軽くなっていることを忘れて寄りかかり、そのまま手前に倒して割ってしまいました。私が土間に落ちるのと同時に甕が被さるように落ちてきたのですが、鮮やかに被ったらしくケガひとつしませんでした。
 
 

【火の支配】

 次に入ったのがガスコンロです。今でもバーベキューなどで引っ張り出されてくる、あのプロパンガスのボンベと鋳物のコンロの組み合わせです。
 実はその前に調理に特化した石油ストーブみたいな「石油コンロ」というものがあったのですが火力弱く、ご飯を炊いたり炒め物をするにはまったく不向きでした。そのためごく短い期間でお役御免になったと記憶しています。

 また、ガスコンロが入ってから間もなく、今度は「電気炊飯器」というものも導入され、これでご飯を炊きながら調理するというマルチ・タスクが可能になりました。
 もう薪のお世話になることもなく、新聞の切れ端から次第に火を大きくして、炊き終わったあとは灰や燃えさしの始末をするという面倒もなくなりました。
 それで母が節約できた時間はざっと1時間。やがてタイム・スイッチというものを購入すると、夜のうちにセットしておいて母はご飯の炊ける匂いとともに目を覚ますことができるようになったのです。
 ほんの数年前まで、ご飯の匂いで目覚めることのできたのは家政婦を雇える身分の女性だけだったはずなのに――。
 
 

【冷蔵庫と洗濯機】

 そのどちらが先に入ってきたかについて記憶がありません。しかし負担軽減という観点からすると「母さんは川へ洗濯に」行かなくて済む洗濯機の方だったように思います。
 今もある二槽式洗濯機から脱水機をなくしたのと同じ大きさの水流式で、洗濯槽の端に二本のローラーを上下に重ねたような装置がついていました。その間に洗濯ものを挟み、取っ手を回して反対側に押し出す仕組みになっていたのです。要するに洗濯物をスルメ状態して水分を絞り出す仕組みです。

 住宅が建てられた時にはまったく予定されていない(そもそも存在さえ知らなかった)機械です。だから置き場所に困って、我が家では狭い玄関の三分の一も占有させて設置しました。夏場はまだ小さかった弟の行水にも使われ、けっこう面白がったものです。もちろんスイッチを入れて弟を回したり、ローラーに挟んでスルメにしたりはしませんでした。
 これで母は2時間近い時間を節約することになったのです。

 冷蔵庫の方は当初、今ほど重要な装置ではありませんでした。というのはそもそも冷凍食品というものがありませんでしたし、肉や魚、野菜などの生鮮食品はどんな田舎にも専門店があったからです。
 我が家に冷蔵庫が入ってうれしかったのは真夏に冷たい水が飲めることくらいで、母の労働時間が決定的に削減されるということもありません。しかしやがて各地にスーパーマーケットができるようになり、人々は少し距離はあっても安いそちらで買い物をするようになると、近隣の肉屋だの魚屋だの八百屋だのが次第に潰れていき、毎日買い物というわけにはいかなくなります。買い貯めが必要になると冷蔵庫の重要性はゆっくりと高まって行ったのです。
 毎日の買い物をしなくなって母が稼いだ時間は、およそ2時間でした。
 
 

【台所革命は女性を幸せにしたのか】

 火の支配で朝夕2時間、洗濯で2時間、買い物で2時間、あれやこれやで30分――30歳代で母が節約することのできた時間はざっと6時間半になります。しかし、それでは勤めに出ようとなると最低9時間は必要です。
 そこから「家事だけで過ごすには時間があまりすぎる、働きに出るには足りない」というジレンマが生れ、その状況は今も変わっていません。女性の多くがパート労働にしか就けないのは、こうした中途半端な台所革命のせいだとも言えます。

 しかしだからといって一家の中で一番早く起きて竈に火を入れなければいけない生活、かなり寒くなるまで川で洗濯をしなくてはならない生活、毎日買い物をしてそのたびに鮮度や買う量を検討しなくてはならない生活、そんなものに戻った方がいいはずもありません。
 世の中にはもちろん金で買えない幸せもありますが、金で買える幸せは数的にはずっと多いのです。必要なところには金を使い、手に入れるべきものは手に入れればいいのです。

 さて、ここで私は母たちの二番目の30年間(30歳~60歳)で、日本人の生活に決定的な影響を与えた機器についてまだ説明していなかったことに気づきます。
 テレビです。

(この稿、続く)