「親とのつき合い、子とのつき合い」〜親子と介護と結婚の話1

【そりゃあ、いけんね。早く嫁さんもらわにゃ】

 2〜3年前、NHKテレビ「鶴瓶の家族に乾杯」で「嵐」櫻井翔君がゲスト出演したときのことです。

 農家の中年女性の家にお世話になり、薪割り体験などをさせてもらったあと、

「結婚は?」と訊ねられて桜井君が未婚だと答えると、

「そりゃあ、いけんね。早く嫁さんもらわにゃ」

 スタジオに戻ってからの桜井君は

「いやあ、嬉しかったですね。あんなこと最近言われたことがなかったから」

とほんとうに嬉しそうでした。

 それはそうでしょう。「今は時めく」と言われてもう何年にもなる「嵐」の桜井翔君です。有益で楽しく、十分な収入のある仕事に恵まれ、毎日たくさんの美女と誘惑に囲まれている彼のことです。それをあえて普通の青年扱いして「結婚しなくちゃいかんよ」などという人はそうはいるはずがありません。

 そんな当たり前のことが、彼にはうれしかったのでしょう。

【親であっても人権侵害です】

 ある日ウェブサイトをあちこち巡っていたら、

「子どもの嫌がることを言ったりしたりするのは、親であっても人権侵害です」みたいな記事がありました。

「子どもが嫌がる三つの言葉、『早く定職につけ』『結婚しろ』『子どもはまだか』。まさか自分の子どもや孫に言ったりしていないでしょうね?」

 個人ブログなのでこれも目くじらを立てるほどのことはないと思うのですが、そういったことが平然と語れる時代になったことには、やはり驚かされます。

 百歩譲って、親であっても「結婚しろ」「子どもはまだか」と言うのはセクハラだと認めても、「定職につけ」までハラスメントだとなると、もう親子できちんとした会話は成り立たちません。

 たしかに「定職を持たない」にもアルバイトで糊口をしのぎながら夢を持って努力しているような人もいれば、単に親の収入を当てにして毎日遊び歩いている輩までさまざまですから、頭ごなしに「定職を持て」というのも問題はあろうかと思いますが、こういうことの一切は話し合えばいいことであって、「セクハラだ」「パワハラだ」「上から目線で押し付けるもんじゃあない」といった調子で話すべきことではないと思うのです。

 生き方についてあれこれ言われるのが嫌な子どもの気持ちにも配慮しろというなら、そうしたことを言いたくなる親の気持ちにも配慮しなくてはなりません。双方に配慮が必要な場合にすべきことは、やはり話し合いです。両者の気持ちを出し合って整理するだけでも価値あることです。

【義理の親とは付き合わない覚悟】

 さてそんな思いでさらにあちこち覗いていたら、人生相談のコーナーに良い記事がありました。

 それは、

「盆と正月に義実家(配偶者の実家のことを今はこう言うのだそうです))に行くのが苦痛でしかたない。私は夫が好きで結婚したのであって彼の家族と結婚したわけではない。それなのに好きでもない人に会うために、年二回も高い飛行機代を払って行かなければならないのは納得できない」

という質問に対する答えです。正確に覚えているわけではありませんが、およそこうでした。

「何が何でも夫の実家と交際しなければならないという理由はありません。しかし全くの没交渉となるとさまざまな意味で覚悟が必要になります。それは例えば義理の両親に介護の必要が生まれても行かないとか、家を建てるなどまとまったお金が必要になても援助を求めないとかいった覚悟です」

 ああ、なるほどな、と思いました。

 特に前者、「義理の両親に介護の必要が生まれても行かない覚悟」というのは人間性に訴える言い方ですので、これに抵抗するのは難しい(簡単にできちゃう人もいますけど)。さらに、親の介護をしないというのは自分が年老いた際にも子を当てにしないというのと同じですから、これも簡単に肯うことはできない。

「いやそれは違う。自分はしなくても子にはしてもらう」

という不埒者もいるとは思いますが、そんな親の生き方を見て育った子が親のやらなかった介護をするとはとうてい思えません。

【程よい年中行事】

 盆暮れに互いの実家を訪問し合って人間関係を続けておくというのは、単に親に対するサービスではなく、実はそこには「互いに扶助し合える関係を維持しておきましょう」という先人の知恵があるのです。

 明け透けに利害を並べ立てれば、親にとっては、

「日ごろは面倒見てくれなくてもいいから、いざというときはよろしくね」

ということであり、子にとっては、

「もう独立して家庭を営んでいるのだから放っておいてくれていいのだけれど、いざ大金が必要だとか、長期間子どもを預かってほしいときとかはよろしくね。それに遺産相続の時には忘れないで」

ということです。そんなあからさまな言い方はしませんが――。

 しかしだからと言って月一あるいは週一でご機嫌伺いしなくてはならないとしたらそれも大変です。そこで盆暮れ年二回だけ。先人はなかなか程よい回数を発明したものです。

 繰り返し言いますが、親が困っても助けない、それで被る非難中傷にも耐えられる、どんなに困っても援助は受けない、場合によっては遺産もいらないというなら話は別です。面倒ならさっさと関係を切ってしまいましょう。

 また親の介護は金で済ませる、子どものことも家のことも、自分の老後も金で済ませる、というほどの金持ちだったらそんな方法もないわけではありません。破産の可能性のまるでないという人だっているに違いありません。

 しかしそのどちらでもないとしたら、年二回、計一週間くらい、金のためだと思って我慢するのも一つの手です。

(え? 義理の親には財産がないから孝行する必要はない? あなた、そこまで人間性を失っちゃあいけませんって――)

と、ここまでは一般的で、かつあまり深刻ではない話。今日お話しするつもりだった介護と家族の問題はもっと深刻で、それについては、明日、改めてお話しします。

                          (この稿、続く)