「働き方改革と制度の落とし穴」〜シノマの場合

 先日、元教え子でこの3月まで都会で教員をやっていたシノマに会いました。一児の母で、夫は中学校の教師です。

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 どういう経緯で教員を辞め、それを私がどう受け止めたかは1月の末に当ブログでも書きました。
「これを捨て、あれを目指すのか」〜ある二人の女性教諭の肖像 2 - カイト・カフェ

 ひとことで言えば「たいへん優秀な教師を“金儲け”によって奪われた」「私のもっとも大切にしていたものが卑しいものにとって代わられた」、そういう事件です。
 シノマは教員を辞めて起業しようと考えました。教職という高貴な職業より、金儲けを選んだのです。

 会うのはそれ以来ですが、あのときは立ち話でしっかり聞けなかったことも今回はじっくりと聞くことができました。そして印象がとても変わったので、改めてお話しします。

【職場復帰】

 シノマがおよそ2年間の産育休を終えて職場に復帰したのは昨年4月、子どもが2歳になる直前のことでした。

 夫は部活顧問も務める中学校の教員で、シノマは自宅からがだいぶ遠隔地にあたる小学校の教員です。そこで朝は夫が部活動を副顧問に任せて子どもを保育園に入れ、ギリギリに勤務校に入る、午後はシノマが育児短時間勤務制度を使って一時間早く退勤し、保育園に迎えに行く、夫は部活を終えてから遅くに家に帰る――そういう割り振りで勤務と育児を両立させようとしたのです。

 理屈上それでうまく行くはずでした。しかし実際にやってみると理屈では済まないことがたくさんあったのです。

【時短を使うと仕事ができない】

 一番困ったのは会議に出られないことでした。
 学校は勤務が始まるとほとんど同時に、授業という中心業務の始まってしまうところです。10時の開店を前に準備をしてから始める、というわけにはいきません。
 もちろん職員朝会はありますが、ごく短時間で周知事項を確認するだけですか十分役に立つものではないのです。

 実際の準備(各種行事の計画立案や審議、児童生徒の問題行動対応、職員の勤務に関する周知徹底といったすべてのこと)は児童生徒の帰ってから、放課後に行われます。その全部に(あるいは一部にしか)、シノマは参加できない。学年会や委員会はもちろん、職員会議も途中から静かに退出して駅への道を急がねばならないのです。

 学校や学年行事、児童生徒に関わること、職員としてやっておかねばならないこと、それらすべては、翌朝、書類という形でシノマの目の前に置かれます。彼女は就業の45分前までに出勤し、それに目を通し、理解しようとしたようです。しかし校内文書は読んだだけで理解できるほど厳密に書かれていません。簡潔に過ぎる部分もあれば逆にだらだらと長くどこに要点があるのか分からないようなものもあります。さらに実際問題として、わずか45分では資料全部に目を通すことができない日も多かったのです。

【謝ってばかりの日々】

 よく分からないまま行事に当たる、十分納得しないままことを行う――そのために手際は悪くしばしばミスも出る。そして謝る。
 毎日毎日「スミマセン」「ゴメンナサイ」と謝りながら暮らす日々は、ほんとうに辛かったと言います。もともとが優秀な子ですから、日に何度も謝るという生活自体が未経験のものでした。
 同期ならまだしも自分より若い子にまで呆れられる。考えてみれば実働2年で産育休に入ってしまったので、一年遅れの年下の子にも経験年数でも負けているのです。 そしてそうこうしているうちに、取り返しのつかないミスまでしでかす――。

 もちろん上司も同僚も精いっぱい支援してくれました。しかし校内ではだれもかれもが忙しいのです。そのひとりひとりを呼び止めて、いちいち確認しているわけにもいきません。
 そんなわけも分からない、謝ってばかりの生活をこの先2年3年と続け、また第二子・第三子のための産育休で同じようなことが繰り返される、つごう十数年もをれが続く――そう考えたら気持ちが完全に折れてしまった、とシノマは言うのです。

 もちろん子どものころから、平凡でない、自己の才能と運を最大限試すような仕事に取り組みたいという思いはあった、それはウソではない。
 幸い結婚していて、夫は教員という安定した身分なのでしばらくは経済的に頼っても生きて行ける、だから辞めた――シノマはそう教えてくれました。

【現実味のない制度設計】

 教員にとっての育児短時間勤務制度というのは、具体的にはそういうことなのだと初めて知りました。制度が始まって十分な時間がたっていないこともあって、身近でそういう人を見たことがなかったからです。しかしちょっと考えればわかったはずです。
 毎朝一時間遅刻していい小学校教師というのはなかなか考えにくいものです。毎日放課後1時間早く退勤すると何もわからなくて本人が苦労します。制度の旗印を掲げても、これでは「教員は親になるな」「親になるなら辞めろ」と言っているのと同じです。

 制度と運用とは違う、こうしたことはひとえに教育公務員に限ったことではないでしょう。

 最近あるテレビ番組で、わずか5分で注文した食事が出される食堂だとか、1分で出されるレストランだとか、さらに短くて10秒で出される店(こちらに向かってくる客の様子で判断する)とかが評判になりましたが、そうやってまったく待たずに食事を摂れることのメリットを聞かれて、インタビューに応えたサラリーマンはこんなふうに言っていました。
「最近、働き方改革のために残業ができないので一刻も早く職場に戻って仕事がしたい」

 もちろん政府はそれを一過性のものと考えているのでしょう。
 そんな無理な働き方は長続きしませんからやがて企業は仕事の総量を減らし始める、そしていつか適正な労働環境ができあがると、そんな計算が働いているのかもしれません。しかしどうでしょう?
 「モーレツ社員」という言葉のあった昭和の一時期、日本のサラリーマンは過酷な労働環境にいくらでも耐えたのです。平成のサラリーマンだってそれができないわけはありません。
 しばらくすれば弁当の宅配業者がさらに増え、企業戦士たちは昼休みにレストランに行くこともしないで弁当片手に仕事をし続けることになるのかもしれません。なぜなら日本の企業・組織は金銭や恫喝によって人々を働かせるのではなく、どんな下っ端にも「やりがい」を与えることで活動を成り立たせているからです。私たちはその「やりがい」のためになんでも犠牲にしてしまいます。

【シノマの未来】

 起業といっってもまだ十分な目星はついていないようです。1〜2年かけてゆっくり見通しを立てて行くつもりのようです。
 シノマのような優秀な教員を失ったことは学校教育とって大きな損失です(もちろんこの場合の“シノマ”はこの国にいる幾千の辞めざるを得なかった教師の象徴ですが)。しかしシノマ自身にとっては案外良いことだったのかもしれません。

 働き方改革の波は学校にも押し寄せようとしています。残業も間もなくできなくなるでしょう。
 普通の企業や組織はグループとして仕事をしたり大型機械や工場を使って仕事をしていますから、残業を禁じられると仕事そのものができなくなる場合も少なくありません。しかし教員は基本的に個人営業ですから、すべてを持ち帰り仕事にできます。将来的には「タイムレコーダー上は無残業、持ち帰り御マン」という時代が来る筈です。

 今年度からプログラミング学習やと小学校英語、特別な教科としての道徳の三教科が追加教育として試行されるようになります。
 仕事内容を増やして残業をさせない。
 左手で顔を押さえて右手で殴るようなものです。せめて左手だけでもはずす(追加教育をやめるか労働制限をはずす)ようにしないと、心ある教師は殴り殺されることになるでしょう。

 辞めたシノマにはそうした危険はないのです。その人生が生き生きとしたものでありますよう。