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「残業手当で問題は解決しない」~教員の働き方改革が進まないわけ③

 時間外労働を減らすためにも、教職調整手当をやめて残業手当を、
 といった主張が見られるが、アレってどうなのだろう。
 手当と言っても無制限に出してくれるはずもないし、
 働き方や内容にうるさく口を出されるだけじゃないかな

という話。

(写真:フォトAC)

 

【残業手当で時間管理をする】 

 教員の仕事は増えこそすれ減ることはない、という話をしてきました。これに関する根強い意見として、
「教員には残業手当がないために仕事の増加に歯止めが効かない。残業代を出すことによって仕事を適正な量に抑えるしかない」
というのがあります。道理です。
 しかし残業手当が実現することはありませんし、部分的に実現したとしても教師たちにとって必ずしもいいこととは限りません。

 

【残業手当をまともに払ったら、教育財政が破綻する】 

 実現することはないと言い切ったのは、先生たちの望むような形で残業手当を出そうとしたら、とんでもない金額なるからです。
計算してみましょう。

 よく知られるように、残業手当の代わりに全教員に支払われている教職調整手当は本給の4%。時間外労働8時間に相当するものです。ですから全国の教員の平均基本給39万円余に0.04をかけて、調整手当は1万5600円前後ということになります。8で割って時給は1950円。

 それでどれくらい時間外労働を行っているかというと、昨年末の日教組の調査では平日平均2時間54分、土日の中学校で3時間27分、1か月で計算すると96時間44分ということになっています(持ち帰りを含む)。少し古くなりますが平成18年度の文科省の調査結果が平日で2時間44分でしたから、おおよそ正確な数字と言えるでしょう。
 時給は1950円でしたから96時間で18万7千円ほどです。調整手当の10倍以上ですからこれなら先生たちも矛を収めてくれるでしょう。

 しかし幼・小・中・高で「先生」と呼ばれている人は全国に100万人もいるのです。残業手当の総額は1870億円。とても出せる金額ではありません。
 
 

【残業手当は自由を奪い、人間関係を破壊するかもしれない】

 もちろん他の官公署や一般企業だって野放図に残業手当を出すわけではありません。労働時間削減のためだとするとなおさらで、実態に合わせて96時間分も用意すると時短にならないことになります。とりあえず茨城県の教員募集パンフレットにあったような目標、月45時間分くらいを用意しとしましょう。現在の超過勤務を半分以下にするわけです。
 予算的にはそれでもありえない金額ですが、できたとして、そこで何が起こるか――。

 まず、これまで退勤時刻きっかりに帰宅していた職員が学校に残るようになります。彼らは保育園へのお迎えやら夕食の準備のため、大量の仕事をバッグに詰めて家に急いでいた人たちです。帰らなくてはならない事情は同じでも、調整手当がなくなって収入の減った分くらいは取り戻さなくてはなりません。それにどうせ家で仕事はするのです。持ち帰れば手当ゼロ、学校でやれば8万7000円余りが稼げるとなれば、シッターを雇ってでもがんばらざるを得ません。

 管理職の二人は残業手当の対象ではありませんが、遅くまで残るようになります。労務管理をしなくてはならないからです。時間外労働を半分に以下にするわけですからたいへんです。
 仕事を減らさずに「帰れ」「帰れ」と言えば、「手当ゼロの持ち帰りにしろ」と言っているのと同じですから、ただ帰すわけにはいきません。信頼関係に関わります。しかしだからといって仕事の何が減らせるのか。
 そこで(たった二人できちんとできるか怪しいところですが)管理職は、職員の仕事の仕方、仕事の中身に口出しせざるを得なくなってくるのです。

「その仕事、どうしても必要なものなの?」
「そんなこだわりを持たず、さっさとやってしまいなさい」
「ダラダラとやって、それで残業手当もないものだ」
「新しいことをやるときはきちんと計画書を出し、時間の予定も示しなさいと言ったでしょ?」
「こんな簡単な仕事に何時間かけているんだ」
 パワハラにも気を遣わなくてはいけませんから、薄氷を踏むような仕事です。

 学校で一番大切な価値は平等・公平ですが、教師個人にとっての最重要な価値は「自由」です。
 学級王国などと揶揄されながらも、クラスと子どもを自分の才覚と努力だけで、いかようにも料理できる、それが教師の醍醐味でした。裁量の範囲が大きいのです。

 しかし管理職がそんな教員を放っておいたら目標45時間は達成できません。ただでも忙しい教頭(副校長)は死に物狂いで働き、働けば働くほど職員との関係はギクシャクとしてきます。教師はより労働者らしくなり、管理職は使用者に近づいて行きます。
 
 

【むしろ調整手当の値上げの方が現実的】

 ところで先生方、今もらっているお給料、それ以上の収入、ほんとうに必要ですか?
 独身で若かったころは別ですが、結婚して子どもが生まれたころから、私はお金のことはまったく苦にならなくなりました。共稼ぎということもありますが、とにかく使う時間がなかったのです。部活を考えると一泊旅行もできない。車を買ってもドライブにも行けない。

 そう考えると、今後どれほど給料を上げても、採用試験の受験者が増えたり若年退職者が減ったりすることは、ないように思うのです。金で教師を釣るのは、本来的にも難しいのです。

 しかし収入には生活の糧という意味と同時に、評価の意味もあります。収入が2倍なら能力も2倍、とまでは言いませんが、高ければ高いほど、成し遂げた仕事の価値が高いと感じるのが普通です。
 ですから96時間の超過勤務に1万5600円の調整手当(時給163円)ではあまりにも失礼で、最低でも2倍以上に(それでも時給326円かぁ)引き上げるべきですが、これをなくして残業手当に、というのは現実的ではありませんし、実現したとしても先生たちにとって得ではなさそうです。

 かつて「働いても働かなくてももらえる4%」は非難の的でしたが、今度は「残業手当をもらってるんだから、文句を言わず働け」と言われるのがオチです。

(この稿、続く)