大切なもの

 それがあまり大切なものだから、日ごろは斜に構えて何となく粗略に扱ったり茶化したりしていますが、他人からけなされたり汚されたりすると絶対に許さないこと、もの、人があります。おそらく誰にでもあります。きっとあります。

私にとってその一つは確実に教職というこの仕事と、そして教師という人たちです。

 私はこの仕事を世の中でもっとも尊い、大切なものだと信じています。そしてそこで働く人たちを、世界で最もまじめで、誠実で、正直な人たちだと信じて疑いません。自分自身もその一員でありながら、私はどこかでそうした素晴らしさについて行けず、一段下がったところから畏敬の念を持って見上げてきました。

もちろん多少の傷のある人もたくさんいます。しかしそんなこと、全体の素晴らしさの中ではほんのかすかな曇りにしか見えません。

 学校の常識は世間の非常識などと言われますが、学校は世間の常識に汚されてはいけない場なのであって、子どもたちは美しいもの、正しいもの、誠実なものや正直なもの、素直なものや暖かいものだけを見て育つ必要があります。汚れたものの学習は、世間に出てからやればいいのです。それからだっていくらでも間に合います。

 私は学校の人々が膨大な時間を児童や生徒のために費やしていることを知っています。子どもたちのために屈辱や苦痛をいくらでも引き受けられることを知っています。24時間、いつでも心の隅に子どももたちのことを置いて、頭の隅では常に何を与えられるか考えている、それが教職員の真の姿です。

なぜ世間の人たちがそれを理解しようとしないのか、それが私にはわかりません。

 幼小中高、合わせて100万人もいる教職員の中の、ほんの一つまみの不心得者がこの職と人を汚そうとしています。私はそれが許せなくて毎日イライラしています。子どもを虐待する親の気持ちが分からないように、私はこの人たちの気持ちがわかりません。

 どうか、愚かなことでこの職を失わないように、つまらないことで子どもたちを失望させないように、そしてそんなことをしそうな人を見かけたら全力で止めてあげるように、そんなふうに祈りながら、私は生きていきたいと思います。