人間

 俳優の窪塚洋介という人は自宅マンションの9階から落ちて、しかも9mも離れたところに着地したというのに、今も元気で仕事を続けています。

 ロック歌手のジョニー大倉もホテルの7階で、ベランダ手すりを使って懸垂運動をしているうちに落下して全治6ヶ月の重傷を負ったものの命を落とすことはありませんでした。

 昨年、国会内で自民党議員から押されて転倒し車椅子に乗って本会議に出席した民主党三宅雪子議員は、半年後、自宅マンション4階から転落して全治1ヶ月の大怪我を負ったものの、これも元気でした。三宅議員のすごいところは、4歳のときにもハワイのホテルの4階から転落して助かっているのです。

 一方私は、普通の校舎の、一階の窓から転落して亡くなった小学生のことを知っています。自転車とぶつかって道に倒れただけで亡くなった人の話も聞いています。

 不気味な話ですが、1997年に起きた神戸事件で酒鬼薔薇聖斗を名乗った少年は、二人の少女を襲った後でこんなふうに書きました。

「愛する『バモイドオキ神』様へ 人間は、壊れやすいのか壊れにくいのか分からなくなりました」

 人間の心についても、しばしば同様のことを考えます。

 この一年、菅直人という人が見せた神経の図太さは、これまで私が見知った中で特筆すべきものでした。いくつも非難されたどれ一つをとっても辞職するに十分な内容でしたが、彼は決して辞めようとはしませんでした。その上で「厳しい条件の中でやるべきことはやった。一定の達成感を感じている」と言い切ることのできる神経は、並大抵のものではありません。

 一方に菅直人がありながら、しかし他方にまるで頼りなく、か細く、剥きたてのゆで卵の表面のように柔らかく、傷つきやすい神経を持った人がいることを私は知っています。

 どんなに周りが救い上げようとしても、5本の指の隙間からどんどんこぼれおちる砂のように、崩れていくその人の精神を支えるのが難しい、そんな人たちです。

 神様、やっぱりあなたのつくった世は不公平なのかもしれない、そんなふうに迷うのも、そうした両極端の人間を見るときです。