「生きている間に、そんなに大したことは起こらない」〜杞憂――空からなんでも降ってくる、地に穴が開く

 先日、当ブログで「日本の上空を飛んでいくミサイルが何かの故障でバラバラになって落ちてくるかもしれないって言っている人もいるけど、それを心配するなら毎日空を飛んでいる飛行機から部品が外れて落ちてくるとか飛行機そのものが落ちてくるとか、あるいは人工衛星が落ちてくるかもしれないとか、そういうことも恐れなくちゃいけないよね」「金正恩を子どもたちにどう教えるか」〜子どもたちに伝える三つのこと - カイト・カフェ)と書いたらさっそくKLM(オランダ航空)が機体の一部を落とし、大阪市内を走行中の乗用車にぶつかったというニュースがありました。

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【毎週のように飛行機の部品は落ちてくる】

 まるで予言したみたいで珍しいこともあるものだと思ったのですが機体の一部が落下するという事故は意外に多く、年平均で50件もあるのだそうです。ほぼ週1回。

 しかもそれは国内の航空会社に限ったことで、今回のKLMのようなケースは入っていません。だから正確には、いったいどれだけの数の部品が落ちているのかは分からないようなのです。
 もっとも多くはビス一本といった小さなものであったり、確率としては海や山中に落下する可能性が圧倒的に高いですからそう心配することはありません。

 さらに、落ちてくるといえばビルの壁の一部や看板の部材、高層住宅のベランダに干した布団だの近くのグランドから飛んでくる野球のボールだの、よくある例では鳥のフンだとか車が跳ね上げた小石だとか、心配をしはじめたらきりがありません。

【サンタクロースに蹴られた話】

 私は高校生の頃、彼女と待ち合わせたデパート前で、壁に設置中だった巨大なクリスマス飾りを頭に受けたことがあります。ロープで釣り上げている途中で手を滑らせて落下してきたものです。
 ものすごい音がして首がガクンとなり、とんでもない痛みで頭を抱えてその場に座り込んだのですが、駆け寄ってきた地上の作業員は、
「兄ちゃん大丈夫だよな!」
とか言って素知らぬ顔で作業のやり直しをし始める始末。
 気絶するとか大出血するとかすればよかったのですがそれもなく、私も子どもだったのでそのまま黙って引き下がってしまいました。

 昔はそれで済んだのです。思えば「作業中」の標識すらなかった。
 サンタにプレゼントをもらった子どもは多いと思いますが、巨大サンタに蹴られて気絶しそうになった人間は私くらいだと思います。

【地が割れる】

 危険はもちろん上空にあるだけではありません。  杞の国の人が「天地の崩墜して、身寄する所亡きを憂え」たように、そして昨年の博多駅前の事故の例もあるように、地面が消えてしまう可能性だってあるのです。

 これも私自身の話ですが、学生の頃、ゼミ合宿でとある高原のセミナーハウスに泊まった際、夜の宴会でしこたま飲んで泥のように酔い、そのまま自分の宿所に歩いて帰る道すがら、360度の満天の星に感激してジャンプしたら一瞬で視界が暗転し、何も見えなくなった――気がつくと道路の脇の側溝に落ちていたのです。
 側溝と言っても山の崖側の溝で深さはゆうに私の首ほどもあって、ひとりでは這い上がれず友人たちの手を借りてようやく引き上げてもらいました(翌朝見たら友人たちも血だらけだった)。しかし落ちた瞬間は、何が起こったのかまったくわからなかった――。

【杞憂――生きている間は大したことは起こらない】

 私には子どものころ、「死」が怖くて仕方のない時期がありました。
 自分が死ぬのが怖い、父が死ぬのが怖い、母や弟が死ぬのが怖い怖い、友達が死ぬのが怖い。「死」は年じゅう目の前にぶら下がっている感じで、朝、家を出るときは家族に、夕方学校を後にするときは友だちに、内心いちいち今生の別れを告げているようなありさまでした(このうちの誰かとは、明日は会えない・・・)。

 NHK大河ドラマのキャストが発表されたりするとそれが不思議でたまらない。特に主演の俳優たちはなぜ一年も先の自分の命を確信できるのだろう、来週はもう死んでいるのかもしれないのに、そのとき制作者や演出家・共演者にかける迷惑は半端ではないはずなのに、なぜ平気で引き受けられるのだろ、そんなふうに考えていたのです。

【子どもたちよ、生きていくことはそんなにたいへんなことではない】

 人間は案外死なないもものだ、と気づいたのはずいぶん後になったことです。
 人間はかなりしぶとい。

 ミュージシャンのジョニー大倉はホテルの7階から落ちても死なず、俳優の窪塚洋介もマンションの9階から「飛んで」死ななかった。元衆議院議員三宅雪子という人は4歳の時ハワイのホテルで、45歳の時東京のマンションで、それぞれ4階から転落してしかも元気で活躍しています。
 私の叔父はガンで余命宣告を受けてから九十余歳の今日まで、30年近くも元気で生きています。「ボケてますます盛ん」と、これも90歳近い叔母が笑いながら嘆きます。
 私も、大病から20年が過ぎました。

 子どもたちよ、いろいろあるが、生きていくことはそれほどたいへんなことではない。その気になれば面白おかしく暮らしていくことはいくらでもできる。安心して前へ進んでいきなさい。

 それはあの頃の私自身にも言ってあげたいことです。