好き嫌いの多い子たち

 職員室で嫌いな食べ物と戦う子のことが話題になりました。味噌汁のワカメが食べられなくて、口に投げ入れてから牛乳で流し込むという荒業(というより禁じ手)を使ってがんばっているのだそうです。目に浮かぶようです。頼もしいとは言えないまでも、好感の持てる姿です。それはまた、何十年も前の、私自身の姿でもあります。

 しかし一方、裏を返せばそれは「好き嫌いなく何でも食べられる子どもに育ててもらっていれば、こんなに苦労することもなかったのに」ということになります。

 親は、好き嫌いなく食べられなければ、この子は将来苦労すると思わなかったのでしょうか? 食べられないものがひとつふたつなら個性の範囲ですが、それ以上になるとかなり大変だと、そんなふうに考えなかったのでしょうか?

 とは言え離乳の時期から始めて、何でも食べられる子を育てるというのは容易なことではありません。何しろ赤ん坊には、嫌だったら口から出してしまうという必殺技がありますから、簡単にはいかないのです。

 そこでたとえば、食べやすいように味を少し変えてやるとか、食材を小さく切り刻んだところから次第に大きくしていくとか、あるいは食べ合わせで口に入りやすいものと組み合わせるとか、さまざまに工夫をします。そして辛抱強く付き合っていきます。最初から何でも食べられる子どもを持った幸運な親もいますが、大半は大かれ少なかれ、そうした苦労を続けて子どもを育てているのです。

 食べ物に好き嫌いの多い子はワガママだという思い込みが私にはあります。私自身がそうでした。

 嫌な食べものを飲み込めない子は、嫌な言葉も飲み込めないのです。

 「食」という最も基本的なところで好き嫌いを通してきた子たちですから、その他のことも受け入れるはずがありません。嫌なことは絶対、嫌。ですから多くの「好き嫌いの多い子」たちは、そちらの面でも苦労がたえません。かわいそうですね。

 では、そういう子たちはどうしたらよいのか。私は、結局それは嫌なものを食べられるようにすることで、嫌な言葉も受け入れられるようにするしかないと思うのです。かつて親ができなかったことを、学校がやり直すのです。学校の先生たちは普通、多かれ少なかれその責任を引き受け、子どもの好き嫌いと戦い続けています。

 もちろん、好き嫌いなく食べられるようになればワガママもおさまるといった単純なものではないのかもしれません。しかし何でも食べられるようになれば、食生活で困ることはほとんどなくなります。

 成果がそれだけだって十分です。