「マトリックス」~学校運営の形

 一般に学校組織は一人の教員が学級担任と教科担任を同時に行い、それとともに安全係や国語係、教科書係や清掃係を同時に兼務しています。その数は学校規模に関係なくほぼ一定ですから、大規模校ではひとりが2〜3、小さな学校だと7つも8つも兼務し、学校のすべてに何らかの形で関わります。このような組織形態をマトリックスといい、家族経営の零細企業でない限り、民間ではほとんど見られない形です。民間で、「私は生産ラインで製造の仕事をしながら同時に営業課にも属し、企業警備も行っている」ということはありえないのです。

 また、職員会議に似た会議もありません。例えば自動車会社を想定しても、生産も営業も設計もみんなが一堂に会して、生産ラインの人間が車のデザインにひとこと言い、営業が生産工程の合理化に口を出すといったことは、とてもありそうにないことです。会議の効率が非常に悪いからです。生産は営業の、営業は生産の、こまごまとしたことを知っている必要はないのです。

 ところが、学校というところは一人がたくさんのことを兼務しているので、校内の何もかも、ほとんどを知っていないと仕事になりません。そこでさまざまな会議が繰り返され、実に時間をかけて話し合いを続けます。それは一見、大変なむだに見えます。しかしそれが大事なのです。

 一度そうした大量の会議を経て、すべての教職員が学校の隅々まで熟知し、児童生徒の問題に精通するようになると、事件や事故への対応は恐ろしく早く、的確になります。学級担任や教科担任の一人が欠けても、短期間ならいくらでも補充がききます。
 あるいは一人の不登校生のことも全員が知っているわけですから、その子に対して全教職員からの有形無形の支援が常に期待できます。そこがピラミッド型のヒエラルヒーとは異なるのです。
 先の自動車会社の例ですと、工場にトラブルがあって生産ラインが止まっても、営業や設計の人間はただ手をこまねいて見ているしかありません。しかし学校はそうではないのです。

 さて、東京の品川区ではそうした学校のマトリックスの長所に目を瞑り、これをピラミッド型に改変しようという試みがなされています。まさに「民間に学べ」というわけです。
 係は係案を作成して主幹、副校長、校長と上げ、決済されたものが副校長から主幹におろされ、全職員に周知・実行・徹底されます。そこには一般職が係案に口出しする余地はまったくありません。主幹以上が一切を決め責任を取るのです。
 そこではまた、不登校も担任を中心とする一部の教職員と管理職で対応すべきものとなり、他の職員にいちいち知らせる必要を失います。全員で一人の不登校の児童生徒のことを話し合うことにより、全員が不登校問題を考え、学び、体験するといった考え方は微塵もないのです。不登校問題を勉強したければ教育センターに行けばいい、といったところでしょう。

 私は、他人が失敗したり苦労したりするのには一向に平気な性質です。品川区の実験をしっかり見て行きたいと思います。