子どもを地域に参加させるということ


 先日、来賓への連絡児童についてお願いした席で、保護者から「交通事故の危険があるので子どもに手紙を持たせるのはやめてほしい」という依頼がありました。なるほど、世間の人はそんなふうに考えるのかと、妙に感心しました。

 この3月まで、私の家は地区の班長をしており、行政からの配布物は我が家を通して近隣の12軒に配られることになっていました。その仕事をするのは中学1年生の息子です。その程度のことは当然できなければなりませんし、子どもができる地域の仕事といったら、その程度しかないのです(あとは雪かきかな?)。

 休日に配布物を配っていると当然、近所のおじさんやおばさん、おじいちゃんやおばあちゃんに声をかけられます。大したことは言えなかったと思いますが、息子も何かしらの返事をしたことでしょう。そうして顔を覚えてもらい言葉を交わす関係を繋いでいてもらうことは、息子にとって非常に有利なことであるはずです。

 地域にたくさんの知己を持ち関係を持っている子は、少なくとも地域で悪いことはできません。たくさんの知り合いや豊かな人間関係を持っている子は、地域外でだって悪事はしません。悪いことをしたとき、失うものが大きすぎるからです。

地域との繋がりを持った子は、高校生になってもイレブンの裏でタバコをすうなんてことはできませんし、髪を紫に染め、制服のボタン全開で近所を通り過ぎて行くなんてこともできません。近所のバアちゃんから、「アレマ、Aちゃん、どうしたの?」なんて声をかけられてしまうからです。

 今日、総合的な学習の時間などに「地域との融合」といったことが盛んに言われる背景には、こうした事情があります。大昔なら自然にできていた「子どもを地域の人間として地域に参加させる」という仕事が、今や学校のものになっているのです。そうである以上、日常の生活に関しても、私たちは常に地域と子どもをつなげる活動を考えていかなければなりません。もちろん、とんでもなく遠いお宅まで一人で配布物を持って行けとは言いませんが。