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「息のつまるほどに濃密な親子関係」~クローズアップ現代+「“こもりびと”の声をあなたに」より①

 「ひきこもり」については先週から今週にかけて7日間にわたって扱ったので
 しばらく考えないつもりでいた。
 ところが9日(水)のNHK「クローズアップ現代プラス」で重要な問題を扱っていたので
 少し紹介しておこうと思う。
 今日は紹介だけで、それをどう考えるかは来週に回す。

という話。

f:id:kite-cafe:20201211083035j:plain(写真:NHK)

クローズアップ現代プラス「“こもりびと”の声をあなたに~親と子をつなぐ~」】

 知らなかったのですが、今年になってNHKラジオは聴取者の提案による参加型番組「みんなでひきこもりラジオ」というのを始めていたようです。これまで5月、7月、9月、11月と4回が放送されました(5回目は未定)。

 番組には7500通に及ぶ声が寄せられ、中には直接会って話をしたいというものもあったため、出張ラジオカーを仕立ててそれぞれの場所に向かうことにした――それが一昨日(9日)の「クローズアップ現代プラス『“こもりびと”の声をあなたに~親と子をつなぐ~』の始まりでした。

 番組には3人のひきこもり当事者と二人の親、一組の夫婦が登場します。夫婦とひきこもり当事者の一人は親子ですが、他はすべて無関係な人々です。

【当事者の語るひきこもりのきっかけ】

 私がまず驚いたのは、当事者たちの語るひきこもりの直接的なきっかけです。
 さんざん迷って結局会いに来ることができず、電話で話すことになったユミさん(仮名)の場合は、ナレーションによるとこうです。
「中学時代、学校を休みたいと親に伝えたところ、父親はその理由も聞かず、ユミさんを車に乗せ、学校に連れて行きました。その後うつ病を発症し、10年以上自宅で生活を続けていると言います」

 二人目は、当事者としては直接ラジオカーを訊ねてきた一人となります。
 「よざくら」と名乗る43歳の女性で、就職氷河期世代でなかなか正社員の職に就けず、何度もハローワークに通って面接を受け続けているさなか、父親にかけられた言葉がひきこもるきっかけになったと言います。
「面接に行って何回も落ちても、『お前が悪いんだ』『何でこんなこともできないんだ』ということも言われました。完全に自信をなくして、生きていてもしょうがないとか・・・(思うようになった)」
 以来、何をしていても親との関係が頭から離れないとも言います。
「なんで私を生んだんだとも思いましたし、それでも一人の娘として、認めてほしかったという気持ちもあったんじゃないかと、思います」
 ひきこもりラジオのMCであるアナウンサーが「父親というのはどういう存在なのか」と訊ねると、
「望むのは無理でしょうが、今からでも認めてほしい気持ちと、もういいから早くいなくなってほしい気持ちと半々ですね」
 何とも凄まじく切ない言葉です。

 3人目は37歳の男性。
 10年前に持病の薬の副作用で体調を崩し、ひきこもり生活を始めたこの男性は、人とかかわるのが怖かった当時、唯一話をできたのは両親だったと言います。ところが外で体を動かして体力をつけたいから靴を買ってくれといった約束を、両親が忘れてしまったことから絶望的な気持ちになりひきこもりが本格化します。靴は体力をつけて社会に戻るために重要な道具だったのです。そんな大事なものを親が忘れてしまった――。

【親の気持ち、親の立場】

 4人目は息子が19歳の時から16年間ひきこもっているという65歳の女性でした。小学校の教員で、しっかりしてほしいと思って言葉をかければかけるほど、息子の気持ちは離れていったと言います。
この人の話で特に印象的だったのは、息子のことを親しい友人に相談したところ、
「あんたがいつまでも息子も世話を焼いているからチャンスを潰してしまった」
と言われたというくだりです。女性はそのために孤独感を深めます。
 世間はひきこもりの本当の難しさを理解していません。

 5人目。29歳の超男が引き籠っている60歳の女性。
 毎日声をかけるなどを心がけてきたが、息子は声を荒げたり物を投げるなど、状態はどんどん悪くなっていきました。孤立した女性は行政やNPOを訊ね回るのですが、息子が精神的に不安定な時は対応できないなど、どこからも支援の手を伸ばしてもらえず、そうこうするうちに5年前、息子は「俺の人生を返せ」と言い残して家を出てしまい、以来連絡が取れないと言います。
 MCが「息子さんに伝えたいことがあるとしたらどんなことですか」と問うと、
「もう一回、同じテーブルでご飯が食べたい」
と答えます。ドラマ「こもりびと」の「生きていてくれ、もう、それだけでいいから」に通じる言葉です。

【息のつまるほどに濃密な親子関係】

 最後は夫婦。3人目の靴を買い忘れられた男性の両親です。
 この3人が特異なのは、保健所の支援が入ったことで親子関係に改善が見られ、男性が社会に足を踏み出している点です。

 保健所の担当者はこんなふうに説明します。
「大事なのは距離を置いてルールを決めたうえで、親御さんと本人の間で新しい関係をどう結んでいくかということになるのです。親と子は分かり合えないので、私は分かり合うことを求めない」
 分かり合えないことを前提として受け入れ、本人にはやりたいことをやるよう促し、両親にはそれを見守りように要請。すると親子の関係は少しずつ改善し始めます。息子はアパート暮らしを始め、NPOで生き生きと働き始めるのです。
 そんな状況を母親は、
「本当に、信じられなかった。こういうときが来るとは――」
と振り返ります。

 このあと親子三人で対面する場面があるのですが、息子はひきこもり当時の状況をこんなふうに解説します。
「子どもから見たら『親はこうあるべき』という形があって、親からしたら『子はこうあるべき』という見えにくい、小さい家族というコミュニティーの中での差別というか――そこですれ違っちゃったのかな」
 ある意味で私が一番衝撃を受けた場面でした。

 そのあと父親が語った話は、言葉としては分かりやすく、しかし内容的には息子の話以上に難しいものでした。
「家族の距離というのは剣道で言う“間合い”だと思うんですよ。それ以上入り込んでしまうと親子でもバランスを崩してしまうし、そうかといって離れすぎるとまた近づくのが大変」

 息子はここで父親が起業したときからずっと大切にしていたという万年筆を取り出し、今は自分の手元にあることを告白します。
「いつも持ち歩くようにしています、お守りとして。何か、緊張したときは自然と手が伸びてしまう――」
 私はここでもため息をつきたいような気分に襲われました。

 こんなに互いを求めあっている親子関係なんてざらにあるものではありません。少なくとも私の家族は、これほどに濃厚な関係をもった経験がないのです。

(この稿、続く)