しかしそれにしても、その拙さにしばしば呆れる。
守れない約束、守らせることのできない指示。
だったら最初からしなければいいのに。
という話。
(写真:フォトAC)
【ウソを補強するメラビアンの法則】
「人の行動が他人にどのように影響を及ぼすかというと、話の内容などの言語情報が7%、口調や話の早さなどの聴覚情報が38%
、見た目などの視覚情報が55%の割合であった」(Wikipedia)
というところから、「人は見た目が9割」とか言った題名の本まで出ましたが、これは視覚・聴覚・言語内容のいずれかが矛盾する場合、どれが採用されやすいかという問題で、決して第一印象がすべてといった話ではありません。
例えばニコニコ笑いながら甘え声で「バカ」と言ってきてもそれは本気でバカにしていたり怒っていたりするわけではないとか、恐ろしい顔つき、低い声で「可愛いねえ」とか言ってきたらとりあえ距離をとっておいた方がいいとかいった意味です。
しかしここには重要な示唆があって、人間関係のコミュニケーションにおいて、視覚・聴覚・言語内容の三拍子が揃ってしまうと、偽の情報でも本物として通ってしまう可能性があるということになります。
例えば結婚詐欺は真剣な表情、甘い声、夢みたいな話でひとを騙しているに違いありません。真っ赤に充血した怒り顔で怒声を張り上げ「殺すぞ!」と言われたら、それを冗談だと判断するのは危険でしょう。もちろん前後の脈絡はありますが、基本はそうです。
【口をついて出るありきたりな言葉】
NHKドラマ「こもりびと」に即して話していますのでそこから引用すると、武田鉄矢の演じる父親が息子・松山ケンイチの掛布団を剥いでから投げつける言葉、
「コラ起きろ! 結婚はできないわ、仕事は続かないわ、恥ずかしくないか。少しは俺の立場も考えろ。このままだとお前、家族の恥さらしだぞ」
にはウソがあります(と私は思います)。
私はその父親と同年齢ですから分かるのですが、今どき本気で「少しは俺の立場も考えろ」とか「家族の恥さらしだ」とかいったことを考える人はいません。ドラマの別のところで出てくる「世間体を考えろ」もすでに死語でしょう。そもそも「世間」自体が擦り切れてしまっているのですから。
しかし、それならば絶対に使わないかというと、私は使いませんが、今でもこれらの言葉を口にする人は少なくないと思っています。
何といっても激高して怒鳴り散らして言葉を大量に吐き出していると、自分の本当の気持ちを表現する言葉が見つからなくなってしまうのです。本当は息子の将来を考えて不安で、不安で、心配で怖くて――そうした怯えから怒鳴り散らしているだけなのに、口をついて出てくるのはどこかで聞いた、お仕着せの、使いやすい言葉――「俺の立場を考えろ」「家族の恥さらし」「世間体」になってしまうのです。自分らしくないと感じても、修正がききません。言語情報としては間違った内容を伝えてしまうことになります。
しかし布団を剥ぐといった行動も顔の表情も(視覚情報)、怒鳴り声(聴覚情報)も、誤った言語情報を、修正するどころか補強する形でしか働きません。
かくして息子は親が、自分(息子)のためでなく、「親の立場」「家族の名誉」「世間体」のために仕事をしろ、結婚しろと迫っているのだと信じてしまうのです。
いまどき、その言い方で頑張れる子はいますか?
【この親はなんて言葉の使い方が下手なんだ】
たくさんの子どもとその保護者を見てきて、私は幾度となく、「この親はなんて言葉の使い方が下手なんだ」と思うことがありました。
昨日お話しした「今度の中間テストでは400点をめざせ」もそうです。
親の本音としては、
「もう少し頑張ってくれ」
その程度であることが少なくないのです。
300点が320点になってそれが維持できれば御の字です。400点なんて夢のまた夢と分かっている親も少なくありません。ところがいざ子どもと話すとなると、トランプ米大統領よろしく「大きくふっかけて十分の一でも手に入れば儲けもの」みたいなことになってしまうのです。
「400点」はしかしそうした含みをもって子どもに伝えられるわけではありません。もともと掛値は読まれてはならないものです。ですからよほど親を舐めている子どもでない限り、「400点」はそのままのかたちで子どもの頭に入っていきます。
この場合はやはり「320点できれば330点」くらいにしておくべきでした。子どもとの間で駆け引きはないでしょう。
「明日から3時間勉強しろ」も「1日4時間も5時間もしていないで、ゲームは30分以内にしろ」も同じです。
意志だけで何とかなりそうだという意味では「320点」より達成しやすい目標に見えますがそうではないでしょう。
優秀な親ならここで、
「その目標はオレが守らせ切れるか」
という観点で見ます。「3時間勉強しろ」と言った以上は少なくとも成果は毎日確認しなくてはならないと考える親たちです。「ゲームは30分以内」と決めたら目の前で30分やらせて時間が来たらステージ・クリアの直前でも冷酷に取り上げることができるか自問するような人たちです。
もちろんできる親もいますが、たいていは“そこまではできない”が答えになりますから目標を下げるか別の方策を考えたりします。
普通ここで持ち出されるのがアメとムチです。
しかしこれも扱いがかなり難しいのです。
(この稿、続く)