教師は生徒を愛している

 祭壇に「祖父」「祖母」と書かれた供物のある葬儀というものに、初めて出席しました。それだけでも涙を誘う式でした。企業や組織の名がほとんど見えないというのも珍しい風景です。

 遺影は、あまりにもあっさりとしたTシャツ姿で、確かに、考えてみれば子どもの正装写真というのもそうはあるはずがありません。そのすがすがしさがなんともやりきれないものでした。そしてなによりも、あんなに泣き声のたくさん聞こえる葬儀というのも初めての経験でした。たいてい葬儀は天寿を全うした人のものですから、どこかに不謹慎なほど華やいだ感じの人がいて、雰囲気を和らげてしまうものです。しかし昨日の葬儀は一片の明るさもないものでした。

 二人の教師が弔辞を読み上げました。一人はこの3月まで2年間担任をした中学の教諭で、もう一人は現在の、わずか1ヶ月半の高校の担任です。しかし生徒にかける二人の思いは、年月とまったく無関係です。

 世の中の人たちは、教師が児童生徒に愛を持っているという、あまりにも当たり前なことに気づいていません。私たちが誉めるのも叱るのも、しばしばイラついたり怒鳴ったりするの、みんな愛があるからだということを知らないのです。

 いい年をした大柄の男性が、他人の子のために肩を落とし、背中を丸めて泣く姿を、私は世界中の人たちに見てもらいたいと思いました。