巷で部活動の顧問拒否が話題となっている。課外活動への関与は義務ではなく、顧問を引き受けるかどうかは「任意」なのだそうだ。私は任意だとは思わないが、顧問拒否が可能ならむしろ学級担任の方を拒否したい。担任の手から離れた「特別の教科道徳」や「総合的な学習の時間」は、地域に移行するようマス・メディアは大いにがんばってもらいたいものである。
巷で部活動の顧問拒否が話題となっている。課外活動への関与は義務ではなく、顧問を引き受けるかどうかは「任意」なのだそうだ。私は任意だとは思わないが、顧問拒否が可能ならむしろ学級担任の方を拒否したい。担任の手から離れた「特別の教科道徳」や「総合的な学習の時間」は、地域に移行するようマス・メディアは大いにがんばってもらいたいものである。
(写真:フォトAC)
部活動のことをあれこれ調べていたら「BDK」という言葉が出てきて、意味が分からないので調べたら、出てきたのは「仏教伝道協会」。何か話が合いません。Wikipediaには他に「ブラック&デッカー」という電動工具メーカーもありましたが、これも違うでしょう。
私が探しているのは部活に関わるもので、生き生きと清々しいものではなく、揶揄や嫌悪感をもって使われる言葉です。
そこ出Google検索にかけたら、出てきました。元文部科学事務次官の前川喜平氏による「手抜き授業をする『部活大好き教師』は辞めよ~前川喜平氏が示す『部活動改善』の方策とは?」(2018.09.19東洋経済ONLINE)という文章の中にあったのです。
(写真:フォトAC)
(写真:フォトAC)
保護者にとって、PTAに加入するかどうかがテーマとなってきている。
過去を振り返れば、私たちは労働組合を潰し、町内会を弱体化させてきた。
こうしてひとつひとつ自由になってきたのだが、
その自由が、私にはどうやら不安なのだ。
という話。(写真:フォトAC)
昨日、「起業家精神教育」について半分絶望しながら書いて、ふと思ったのは、
「日教組全盛の時代なら、こんなことにはならなかったのかもしれない」
ということでした。今さら新たな追加教育の話があったら、瞬時に政府に噛みついてくれたのかもしれない――。
もっともその時代であっても日教組の主な活動目標は賃上げや労働環境改善ではなく、世界平和や反戦でしたから(私にはそう感じられた)、ことは簡単に進まなかったかもしれません。
ただ、それでも現在よりは政府にブレーキがかけられたように思うのです。政府の側にも、安易に突っ込むと絡んでくるから何かと面倒だと、組合に対する遠慮がありました。
その大切な労働組合(日教組)を、誰が今の惨めな姿にしてしまったのか――。もちろん私たちです。
私、個人についていえば日教組の連合加盟で職場が二分されて以来、職場長くらいはやるものの、組合活動からは常に距離を置くようにしてきました。あからさまではありませんでしたが職場に目に見えない分断があって、活動を深める以上は旗色をはっきりさせる必要があったからです。それが嫌だったのです。
私は主流派と反主流派の両方に軸を置くコウモリでのままでしたが、それが嫌で組合をやめていく先生も少なくありませんでした。やめた先生はとうぜん新卒の先生に勧めたりしません。ですから組合員数は細るばかり。そして今の状況です。
私はそれでも資格のあるうちは組合費を払い続けました。規模はとんでもなく小さくなってしまいましたが、組合員を守ろう、教員を守ろう、日本の教育を守ろうと本気で努力されている先生はどこかにいるのです。休日にデモに参加したり総会の準備をしたり、機関誌の原稿を書いたり――。彼らや彼らの先輩たちが頑張ってくれたからこそ、享受できる権利も資金もあるのです。
私は活動しない、だったらせめて資金的には援助する、さらにまた1万分の1%くらいにもならないかもしれないけれど加入率の支えにもなる、そういう思いでいました。
(写真:フォトAC)
www.yomiuri.co.jp 政府が年内にも策定するスタートアップ(新興企業)を育成するための「5か年計画」に、小中学校や高校への働きかけを強化する方針を明記することがわかった。(中略)
具体的には、起業した学生などによる小中高生向けのセミナーや出前講座の実施を支援することなどを想定している。理数分野で高い能力を持つ小中高生には、大学で行われる起業家精神教育を含む高度なプログラムへの参加を視野に入れる。早い段階で起業家精神に触れる機会を設け、起業を将来の選択肢に加えてもらう狙いがある。
絶望というのは大げさですが、私の中で何かがスコンと落ちたような、折れてしまったような感じがありました。
小学校における35人学級のための増員が進行中の現在、これ以上の教員増加はまったく考えていない文科省・財務省。コロナ対策ですっかり予算のなくなってしまった地方公共団体。したがって教員は一人も増やせない。
そんな状況で叫ばれる「教員の働き方改革」は、できもしない部活の民間委託を叫ぶくらいで、遅々として進まない。
それならば仕事を減らすかというと、実際に縮小されるのは運動会や文化祭、始業式に終業式と、子どもが楽しみにするものや伝統あるもの、教育的価値や効果が保障されたものばかりで、小学校英語やらプログラミング教育やら、GIGAスクールやら、ほんとうに効果があるのか必要なのか、疑わしいものばかりが追加されていくのです。
ほんとうにやりきれない。
さらにここ数年は「ITC教育」やら「命を守る教育」やら。そして今回は「起業家精神教育」です。
政府はここに至ってはっきりと、
「教員の仕事は絶対に減らさない。今後も増やすのみだ」
と宣言し、教員の多忙に対処しないことを明らかにしたのです。
それが私の心を挫きます。
(写真:フォトAC)