高齢となり、健康寿命が尽きて、
深刻な病気を抱える友も出てきた。
「一期一会」が具体的で切実な問題となる。
そうだ。俺たちに明日はないのだ。
――という話。
(写真:フォトAC)
【忘年会ができず、新年会に切り替える】
元高校の同級生で、半世紀以上に渡って2カ月に一度は飲み会を開いてきた仲間の一人が、アルツハイマーなのか糖尿病による血管性のものなのか分かりませんが、認知症の症状を深めて私たちのことも思い出さなくなりました。もちろん外出もできず、介護用ベッドで夫人に介護される生活を送っているようです。そのあたりの事情は11月の27日に『「旧友Aは幽明の世界へ向かった」~終わりの始まりを告げるノックの音が聞こえる①』というタイトルでここでも書きました。
50年以上忘年会の係だった彼ができなくなったので慌てて私が代役となり、何とか実施しようとしたのですがすでに飲食店は予約でいっぱいで、仲間同士の日程も合わず、仕方なく半世紀で初めて忘年会を流会としました。その代わりに今度は新年会を、と計画しましたがこれも日程調整が難しく、結局、計画した時点からは2か月近くも経つつい先日の実施となりました。私のような年金だけの生活者はもちろん、いまだ勤めている友人も決定的に重要な立場にいるわけでもないのに、日程を合わせるのは意外と難しい話です。
それに輪をかけてやっかいなのは連絡方法で、ちょうど年齢的に全員がLINEをやっているわけではなく、昔ながらのEメールに頼らざるを得ないのですが、昔と違うのは全員が要職にいないため、メールチェックもいい加減で、一週間もメーラーを開かない人もいて話が滞ります。インターネットの黎明期、送ったメールがきちんと届いているかどうか心配で、
「いまメールを送ったのでよろしく」
と電話をしたという笑い話が残っていますが、いま再び、大真面目でそれをやっています。
【少人数からさらに一人欠ける】
そんなふうにようやく決まった新年会ですが、今回の参加者はわずか5名。改めて数えてみたら、市内に住んでいて特に用事がなければ必ず参加できるというメンバーは全部で5人。かつては参加者6人以下ということのまずなかった会なのに、ずいぶんさみしくなったものです。
それなのに中のひとりから先週、ショートメールが届いたのです。
「風邪だと思うけど調子が悪くて医者へ行ってクスリをもらいました。熱がないのでインフルの検査はしませんでしたが、様子を見て、新年会は欠席します。皆さんによろしく」
ありがちな話ですが問題はメールが届いた日付です。なんと開催日の8日前。普通は前日に来るような内容です。2日前だって早すぎるくらい。
嫌な感じを受けながら返事を書きました。
「まだ一週間以上あるし、5名しかいない参加者のひとりが欠けるのは寂しいし、キャンセルは2日前でもOKなので、とりあえずこのままにしておきます。できれば早く治して参加してください。お大事に」
ところがそのわずか4日後に、またメールが来ます。
「咳も鼻水もなかなか止まらない、休みます」
新年会までまだ4日もあるというのに――。
仕方がないので「了解しました。 ゆっくりと養生してください」と書いて送りましたが、嫌な感じはさらに深まります。
この「嫌な感じ」には特別な理由があるのです。それは2年前の今頃、この人が大腸がんの手術をしたからです。
同じ2年前の1月、私は人間ドックの検査で便潜血が見つかり、その人は下血があってほぼ同じ時期に同じ大腸の内視鏡検査を受けたのです。ふたりとも異状が発見されたのですが、私の手術が3か月後に計画されたのに対して、その人はわずか12日後に手術を受けていました。聞くところによるとポリープが“がん”かどうかは普通の医者なら一発で見分けがつくのだそうで、その人の場合は検査とほとんど同時に、手術の予約ができたようなのです。私だって可能性はゼロでないのだから早くやってほしかったのですが、医者は急ぐ必要はないと判断したのでしょう。そしてその判断は正しいものでした。私のポリープはまだがん化していなかったのです。それから2年――。
【健康寿命の話】
2022年の統計で日本人の健康寿命は男性が72.57歳、女性が75.45歳だそうです。厚生労働省の国民生活基礎調査で「健康上の問題で日常生活に何か影響がありますか」という質問に「ない」と答えた人の平均期間を計算した数字のようです。イメージとして捉えにくいのですが、言ってみれば「この年齢を越えると健康上の問題を抱える人が増え始める領域に入る」といった感じの概念のようです。今の私がほぼ完璧にその年齢です。
考えてみればつい最近まで、常に体調不良は飲み会の重要な主題でしたが、あそこが痛い、ここが悪いと言っても、「健康上の問題で日常生活に何か影響がある」というほどではありませんでした。みんな元気で飲みに来ています。
それがここ1~2年の間に急激に状況が悪化し、同窓会に出ればあちらも”がん”、こちらも”がん”。久しぶりに電話をかけて「元気ですか」と問えば、「いや、元気でもないんだよ。糖尿病で左足を切断して、いまは病院でリハビリ中」といった話になって絶句させられたりもします。
【一期一会、俺たちに明日はない】
「一期一会」は茶道の精神から生まれた言葉で、特に千利休の教えと深く結びついていると言われています。“茶会は同じ季節に同じ道具を使って同じ参加者で行っても、全く同じ状況は二度とない。だからこそ亭主も客も、心を尽くしてその時間を味わうべきだ”という考えに基づいたもののようです。
若い人にも好まれ、情緒的な捉え方もされやすい言葉ですが、相手を大切に扱うための実践的な心構えであり、利休の生きた戦国時代にあって「この一瞬は二度と来ない」は、理念というより現実的な状況だったはずです。
認知症が進んでもはや幽明の向こうに行きつつある友人とは7月の飲み会で一緒になったのが最後でした。もちろんそれが最後になるとは誰も思っていませんでした。年寄りの会合とはそういうものです。今日一緒に飲んだ仲間が、明日いなくなっても不思議がない――そんな切実さで満ち満ちているのです。
先日の飲み会では私たちの会の合言葉を決めました。
「俺たちに明日はない」
面白半分で始めましたが最後は大まじめで合唱して別れました。
これからは連絡をマメにして、仲間との一瞬一瞬を大切にしていきたいと思いました。