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「令和の男女、結婚は自由だが決断することは回避できない」~『22才の別れ』考④

 何かと制約も多かった昭和時代、
 しかし身を委ねるだけでいい世界もあった。
 令和は何でも自由に決めていい時代だ。
 ただし決めることと責任は回避できない。 
 ――という話。(写真:フォトAC+Copilot)

【早婚ノスゝメ】

 1975年(昭和50年)のヒット曲「22才の別れ」を思い出したところから昭和という時代を振り返ってきましたが、17歳の時から5年間つきあった男性と別れ、別の男性と結婚していこうという22歳の女性。煮え切らない男と別れるのはけっこうですが、そんなに焦って結婚することもないのに――と、そんな感じもします。

 ただし私自身はもともと早婚支持者で、娘にも子どものころから「学生結婚でもいいから、いい男性がいたら逃(の)がさず結婚しなさい」と言ってきて、実際に娘は24歳で結婚しました。4年制大学を卒業して1年足らずでしたからかなり急いだ結婚です。23歳のうちでもよかったのですが、子どもの頃から決めてきた24歳を待っての入籍でした。
 勝手な思い込みですが子どもも25歳までに一人産んでおけば第二子・第三子も簡単にできるという気がしています。娘が25歳で一人目、29歳で二人目、35歳で三人目と、順調に妊娠できたので単純に思い込んでいるだけかも知れませんが、大昔の人間はそれよりもさらに早い時期から妊娠出産を繰り返してきましたから、それが自然のようにも思うのです。
 また娘の場合は、第三子の成人式を55歳で迎えることになりますが、サラリーマンだと定年退職までまだ10年もあります。職業人としてもっとも高い給与を得られる時期に、子に金がかからないのです。豊かな暮らしができるだけでなく、老後資金もたっぷり蓄えられます。
22才の別れ」の女性も、私の娘同様、早い結婚で幸せになったに違いありません。

 さて、ところで別れた相手の男性はどうなったのでしょう?

【男にも生きる道はある】

 22歳の女性にふさわしい年齢の男性。24~25歳くらいでしょうか。一般的に考えても25歳の男性は22才の女性よりもはるかに子どもです。私にはグズグズしている大事なものを失ってしまうこの男の気持ちも様子も、手に取るようにわかる気がします。

 結婚のために田舎に帰る女性を性懲りもなく駅まで送った男性は、汽車を待つ彼女の横で時計を気にしています。あたりには女性が東京で見る最後の雪が降り始めています。
 今まで気づかなかったのですが、いつの間にか美しくなった女性を、彼は繰り返し盗み見ながら、幼かった少女が時とともに変化していくことに気づかなかった己の愚かさを嘆きます。
「時が行けば、幼いきみも、大人になると気づかなかった」(「なごり雪」)
 彼女が美しくなったのも自分のせいではなく、知らない誰かのおかげなのです。
 人は時に、失って初めて、何が最も大切だったかを知ることになります。プラットフォームに一人残された彼は、落ちては融ける雪を見ながら、痛恨の思いでそれを理解するのです。

 ただし、人生はクライマックスで終わるものではありません。
 その3年あまり後、28歳になった彼には新たな恋人がいるかもしれませんし、いなければ誰かが声をかけてきます。何しろ昭和ですから。
 上司や先輩から声をかけられるというのは鬱陶しい面もありますが、仲人として一生面倒を見て行こうとする背景には、自分を強く信頼し仲間に引き入れようとする上司・先輩の配慮が感じられます。要するに選ばれたわけで、“自分は特別だ”と思えるのは悪いことではありません。友だちが女性を紹介してくれるのも、自分が推薦するに足る人間だと思ってくれているからでしょう。
 ただ、それでもうまくいかない場合もある。だったらあとは親戚や近所のおばさんが持ってくる見合い話に乗るか、あるいは結婚相談所のドアを叩けばいいだけのことです。道はいくらでもあります。昭和ですから。

【しかし今は違う】

 私も実は30歳を過ぎてから、「見合い」というワイルドカードを使って結婚した一人です。しかしそうは言っても恋愛至上主義同調圧力下にいましたから、紹介されてすぐに条件の合わないことを理由に破談にし、そこから3年もかかって恋愛めいた形に整えてから結婚するという面倒な手続きを取ることになりました。私があと半月で35歳、妻があと一週間で31歳という年齢で、当時としてはギリギリ。いわば不渡り直前に手形を落としたようなものです。

 記録を調べると当時(昭和最末期)の男性の平均初婚年齢は28.4歳、女性のそれは25.8歳ですから、やはり遅かったことに間違いはないようです。また、『22才の別れ』の主人公が嫁いでいった1975年まで遡ると、女性の平均初婚年齢は24.7歳(男性は27.0歳)ですから、こちらはむしろ焦る理由もなかったように思います。しかし堅実だったのでしょうね。

 現在、平均初婚年齢は男性31.1歳、女性29.5歳になっています(2022年)。1975年と比較すると男性で4.1歳、女性で4.8歳、遅くなっている計算で、半世紀かかって4~5歳分の晩婚化と考えると大したことはないような気もします。ただし現在の日本の若者は20歳~34歳までに全既婚者(初婚)の75%が結婚していますから、そのわずか15年ほどの「普通に考えて結婚するにふさわしい時期」の中で、初婚年齢が4~5年後ろにずれたというのはやはり大変なことでしょう。婚活のスタート地点が後ろ倒しになったのに、婚活終了のゴールラインはさほど変化していないのです。

【自由だが決断することは回避できない】

 言うまでもなく結婚するか否かは個人の自由です。家族という重荷を背負うことなく、生涯を自由に生きるという夢を持つのもかまいません。しかしそれは意図的に決めることであって、だらだらとはまり込んでいい状況ではないのです。なぜなら配偶者や子どもという重荷は避けられても、親や自分という別の家族の重荷を避けるのは容易ではないからです。

 親が年老いて動けなくなっても一切の関わりを持たず、面倒もみない、介護費用も出さないという人でなしの生き方ができるのか、あるいは自分自身も生涯、病気もせずケガもせずボケもせず、失業もしないで自身の面倒を見続けられるのか、誰かを頼るとしてもその資金は潤沢なのか――そうしたすべてを考慮して、できれば30歳前後で生涯未婚かどうかを決め、決定を貫き通すべきです。
 「22才の別れ」の二人とは、状況がまったく違うのです。ゆめゆめ時期が来たらいい人を見つけて――などと考えてはいけません。令和の現在、時期が来た時には相手がもういないのです。
(この稿、終了)