カイト・カフェ

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「非豪雪地帯に大雪が降るとこうなる」~忘れがたい雪かきの話①

 豪雪地帯に大雪が降ったとしても大ごとではない。
 都心に3cmの雪が積もる方がよほど大問題で事故も多い。
 同じように田舎でも日ごろ降らないところに降ると大変。
 20年ほど前、私は雪かきで過労死しそうになったことがある
 ――という話。(写真:フォトAC)

【豪雪地帯の学校の雪かきは楽】

 私はかつてスキー場の近くにある山奥の学校に赴任していたことがあります。勤務校の名前を言うと人は必ず、「雪が多くて大変でしょう」と同情してくれましたが、実は私の教員歴のなかでもっとも雪と寒さに悩まされなかった数年間でした。豪雪地帯の雪対策や極寒地域の寒さ対策というのはほぼ完ぺきで、苦労することがないのです。

 雪について言えば、冬の間じゅう農業も林業もできない豪雪地帯では、自治体が十分な予算をつけて除雪体制を整えています。そうやって支えないと、村の経済が成り立たないのです。
 重機も人も十分にありますからあっという間の除雪で、私が出勤するころには、すでに主要道路も学校の敷地内も、ほとんどの雪かきが済んでいるのです。ですから通勤にも困ったことはなく、その学校で自分が雪かきをしたのは、日中に積もった雪から自家用車を掘りだした2~3回だけでした。
(ただし一度、雪崩のために通勤路が使えなくなり、丸一週間、1時間も迂回する道を通って通勤したことはあります)

 ついでに酷寒地帯の寒さ対策を紹介すると、学校の全トイレに暖房が入って壁や床の中の水道管が凍らないようにできていること、手洗いの水道にも温水を流すこと、雨どいの縦パイプにヒーターケーブルという電熱線が入っていて雪解け水が凍らないようになっていることなどです。意外なところでは入居していたアパートの風呂に追い炊き装置(風呂釜)がなく、その都度、熱いお湯を入れなくてはならなかった点です。風呂釜の付いた普通の風呂を設置して一晩でも水を抜くことを忘れると、一発で凍結・破損してしまうからだそうです。

 豪雪地帯、極寒地帯はそんなふうに十分な対策がしてあるからいいのですが、ダメなのは中途半端な地域。めったに降らないのに降れば豪雪とか、数年に一度の寒波でトイレの壁の中の水道が凍結するとか――そんな想定外のことが起こるとひとたまりもありません。昨日は「100年に一度の大雪が2週続きでおこった」という話をしましたが、まさにそんな「ひとたまりもない」体験だったのです。

【100年に一度の豪雪:まず家の周辺の雪かき】

 一晩に40㎝以上も降った休日の朝、午前5時ごろからとりあえず家の前に車一台分の通路をつくります。一台分ではすれ違いもできませんが、それ以上雪の持って行き場がないのです。すれ違いは別のところでやっていただきましょう。かいた雪の半分以上は垣根越しに自宅の庭に投げ込んでいるのですから、それ以上のことはできません。これで一応、世間に対する義理は果たせます。
 これが豪雪地帯だと、道路の脇に暗渠のような形で設置された地下水路(流雪溝)に入れるだけで雪はどんどん流れて行ってしまいます。あるいは道路のセンターラインに沿って埋め込まれた融雪パイプから流れる地下水によって、不断に流されてしまう場合もあります(暖かな地下水なのでできることであって、水道水だとすぐに凍って大変なことになりますからよい子は真似をしてはいけません)。

 公共の道路を開けたら、そのあとは自宅のカーポートの屋根の雪を降ろします。雪国ではないので50cm~60cmという雪を乗せられるほど強くはできていないからです。これが潰れると壊れるのはカーポートだけではすみません。その下には夫婦の自家用車2台が入っていますから、雪下ろしも必死です。屋根の4辺のうち2辺は隣家の敷地ですのでハシゴをかけるわけにもいかず、したがって二か所からだけの作業ですからなかなか大変です。
 そこまで終わると裏の勝手口までの通路も開けて全部でおよそ3時間。腕はパンパンです。そこに学校の職員連絡網で、午後から雪かきに来い、という連絡が入ります。

【付録の雪かき】

 その年、私は息子の通う小学校でPTA地区指導部の支部長をしていました。役員は3名で、規約では20cm以上の雪が積もったら通学路の除雪に行くことになっていました。ただし「20cm以上の雪」などめったになく、少なくとも私が小学校の保護者になってからは経験した記憶がないので、現実的な規約というよりは《一応、書いておけば?》程度の空文だったのかもしれません。それがいきなり40㎝。

 「どんど焼き」の櫓(右の写真:20年前に私たちがつくったどんど焼きのもの)もその三人が中心となってつくりましたが、育成会の大人二人も協力してくれましたし、なんといって子どもが働いてくれましたから、さほど大変な仕事でもありませんでした。ところが雪かきとなると子どもは使えません(使ってもいいのですが、声をかけ、集めて働かせるしくみがない)。育成会は別組織ですからこちらも声をかけることができず、結局、3人だけの仕事ということになります。
 しかたがないので3人で割り振って、それぞれの自宅近くから太い道路までの区間を、通学路として開けることにしました。私の割り当てはおよそ500m。子どもひとり分の通路を開けるだけなのに、休み休みで2時間かかりました。
 
 それから早めの昼食を食べて、《この疲れ切った腕でハンドル操作ができるのか》と疑いながら学校へ行くと、そこにはとんでもない光景が広がっていました。学校前の道路の片側に何十台もの自家用車が停まっていて、それが全部、先生たちの車だったのです。
(この稿、続く)