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「なくなっていく松飾り・初夢に既視感」~私の正月行事④

 正月の松飾りもほんとうに少なくなった。
 昔はこころ騒いだ正月行事のひとつひとつも、
 次第に失われていく。
 ところで、「初夢」って、何をすればいいんだっけ? 
――という話。(写真:フォトAC)

【畳と刺身とおにぎりと=民族の構成要件】

 人間をわけるのに「人種」「国籍」「宗教」「言語」等さまざまな分類の仕方がありますが、そのひとつが「民族」です。民族というのは、共通の言語、宗教、歴史、文化、生活習慣などを持ち、「われわれ」という同族意識で結ばれた人間集団のことを言います。

 細かなことを言おうと思えばいくらでも細かいことが言える概念で、日本民族を定義できる要素はほかにも、「家の中へは靴を脱いで入り、畳の上で生活する人々」とか、「太古から生魚を好んで食べる人たち」とか、あるいは「ミッキーマウスのカチューシャを頭につけたままでおにぎりが食べられる人」とかいったものもあります(最後のミッキーマウスのカチューシャは私のオリジナルです)。

 正月行事のひとつひとつにも日本民族を構成する要素がたくさんあります。「年が明けたら餅を食べなくては」と思うのも日本人の証ですし、日ごろたいした信仰心もないのに元日に初詣に行かないと落ち着かないのも、人に会えば自然と「おめでとうございます」と言い合えるのも、皆、日本民族の構成員、つまり日本人である証拠です。
 元日の住宅街を見回して、松飾りのない家を見つけると酷い違和感を持つのも日本人の証拠。1月7日を過ぎてもついている家があるとひとこと言いたくなるのも日本人です。

【門松・松飾り・どんど焼き

 さて、その松飾り。Wikipediaには項目がなく、調べると「門松」の中に「松飾り、飾り松、立て松とも言う」とあります。しかし私の感覚では「門松」といったらタイトルの写真にあるような三本の竹と松で構成され門の左右にデンと置かれた正月飾りのことで、右のような一般家庭にある簡便なものは「松飾り」としか言いません。

 門松は大型デパートや神社仏閣・大金持ちの家にしかないもので、普通の家は松飾りで我慢する――それが昔の常識でしたが、近年では松もなくなって、カラフルな紙と水引で装飾した小ぶりのわら細工だけを、ドアに吊るす家が多くなっているような気がします。
 マンションなどの集合住宅ではその程度のことしかできませんし、田舎でも松の値段が上がって1本600円もしたりします。門の左右に一対と勝手口や水道・ボイラー(水の神・火の神)に着ける小さな松飾りのための1本を加えると計3本、1800円です。そう考えると松飾りの簡素化もやむを得ないのかもしれないのですが、気持ちのどこかには「神様のことを簡素化してもいいのか?」という思いも残ります。

 ちなみに我が家では数年前、「どんど焼き」に出し損ねて物置の裏に隠した松が立派に根付いて成長し、枝を採れるまでになったので今年はタダで済みました。田舎でなければ起こりえない話です。
 しかしいま困っているのは松飾りの後始末。コロナで中止した「どんど焼き」を昨年復活させたものの十分な松が集まらず、今年も中止と決まったので、昨日おろした松を、どう始末したらよいのか分からないのです。それもまた、松飾りをしなくなる理由のひとつになっていくかもしれません。

【初夢――巨大な城壁に張り付く巨大な木造アパート】

 別の話。
 すでになくなってしまった正月行事のひとつに「初夢」があります。しかし考えてみたら「初夢」の話はあったものの、実際に何らかの行事として行った記憶は、田舎の老爺の私ですらないのです。
 そもそも元日、ないしは二日の夜に、縁起が良いとされる一富士、二鷹、三茄子(いちふじ にたか さんなすび)」などという夢を、ピンポイントで見る人なんているのでしょうか?

 登山家の中には富士山の夢ならしょっちゅう見るという人もいるかもしれませんが、初夢として見るのは稀でしょう。私なんか鷹とトンビの区別もつきませんから「二鷹」も「見たか?」ですし、ナスの生産者が茄子の夢を見る可能性も多くはないと思います。
 続く、四扇(しおうぎ)、五煙草(ごたばこ)、六座頭(ろくざとう)も、さらに七丁髷(しちちょんまげ)、八薔薇(はちばら)、九歌舞伎(きゅうかぶき)とさらに進んでも、どこまで行っても見そうにない夢ばかりです。
 そこでAIに訊くと、
『実際に富士山や鷹や茄子の夢を見る人はほぼいません。しかし江戸時代には「縁起をかつぐ」文化があり、“夢の内容”ではなく“初夢に関する縁起物の言葉”として定着したようです』
ということでした(わかったような、分からないような――)。

 ちなみに「日付はどうでもいい。その年始めて見た夢が『初夢』」という乱暴な説に従えば、私の初夢は3日の夜に見た「アパートを移る夢」でした。この「アパートを移る夢」もしくは「何十年も放置したアパートの部屋を片付けに行く夢」は二十代のころから毎年1~2回は必ず見る、定番の夢です。なぜ同じ夢ばかりを見るのか分かりません。
 今年の第一回は初夢と重なりましたが、「日本の巨大な城壁に張り付いた、10階建てくらいの木造アパートの3階の部屋、横置き1DK」というかなり変なものでした。そこで何をしたのかは覚えていません。
 本当におんぼろで危なっかしいアパートでした。しかしいずれにしてもどうでもいい話です。
(この稿、次回最終)