いまだ結婚しないひとり息子に言っておく、
「いずれする」は男の場合、「絶対しない」に等しい。
だったら中途半端な思いは持たず、
いま、ここで、腹を括れ、ここで決めろ。
――という話。
(写真:フォトAC)
【父親が未婚の息子に一世一代の説教を始める】
さて、息子よ。クリスマスの今日、神様の気配を感じながら、オマエに話しておきたいことがある。二度と言わないから、そこに黙って聞け。
世の中、結婚というと頭の中にセックスしか思い浮かばない輩がほとんどらしく、よほど親しい間柄か、婚活関係・結婚式場関係のプロでない限り、若い人とは結婚の話ができないらしい。親も含めて年上の者が結婚の話をすると、一切がセクハラになるというので今日まで遠慮してきたが、しかし私も齢だ。何も言わずにこの世を去るのはいかにも口惜しい。だからセクハラの誹りも恐れず、オマエとこれきり今生の別れになることも覚悟の上で言おう。
オマエももう30歳だ。人生に成し遂げるべき何事かがあるなら別だが、そうでないなら結婚しろ、結婚して子を持て、それが父である私の願いだ。
お前のためとは言わない。父がそうしてほしいと願うのだ。
【凡人の残せるもの、凡人の晩年】
世の中には結婚が足かせにしかならない人間がいる。明石家さんまもスティーブ・ジョブズも、イーロン・マスクも、ジェフ・ベゾフも、みんな一度は結婚してみたもののダメで、結局、結婚という形式は取らないまま(とってもすぐに解消して)今日に至っている。糸井重里や坂本龍一もそうだった。
だが、彼らには死んでも永遠に残る業績や作品がある。自分が生み育てた企業や文章や音楽がある。それを抱きしめながら死んでいけばいい。しかしオマエに何がある? 何を残すつもりだ?
もちろん私にだってジョブズや坂本に匹敵する業績はない。しかし私にはオマエがいる。オマエの中に私のDNAがあって、オマエの思考や感じ方、立ち振る舞いのいちいちの中に私がいる。私が育てたのだから、良いにつけ悪しきにつけ、そこに私が生きているのだ。それが私の喜びだ。
凡人が自分の生きた証としてこの世に残せるものは、子どもくらいしかない。
去年死んだ祖母ちゃんのことを思い出してごらん。80歳で祖父ちゃんと死別して15年、それでも私や姉や、姉の子どもやそのまた子ども、つまりひ孫もいたからよかったものの、それがなかったらどうだったろう? 親はもちろん兄弟姉妹も死んで、友だちもひとり、ふたりといなくなる15年間。最後はほとんど天涯孤独だ。何も残すものがないまま死んでいく。祖母ちゃんはそうならず、おそらく幸せだった。
オマエは男だから祖母ちゃんほどは長生きしないにしても、65歳で定年、75歳まで別のところで働いて90歳で死ぬとして、そこまで15年。妻もなく子もなく孫もなく、かつての友だちも似たような齢だから尋ねて来ることはなく、一日じゅう話し相手が一人もいない。
「自分はこれを成し遂げた、ここに証がある」と誇れる何もないまま、過ごす15年は長いぞ。独りぼっちの24時間が365回で1年、その15倍だ。
【女性はいつでも結婚できるが、男は違う】
いや、そこまで独身を貫くつもりはない、時期が来たら適当な相手を見つけて結婚するつもりだ――と? よし、よく言った。それがひとつの橋頭保だ(私にとって)。
して、その「時期がきたら」の時期とはいつ頃だ?
40歳くらい? そうだ、まったくもって理想的な答えだ(小声で;「これも私にとっては」)。その40歳の時、オマエの年齢にふさわしい35歳~39歳の女性たちの、三分の二はもう結婚しているんだぞ。残り三分の一(正確には32.3%)から選ぶしかないが、中にはもともと結婚する気のなかった人も、すでに諦めて婚活戦線から手を引いてしまった人もいる。だから対象者はさらに少なくなる。
もっともその時のオマエと同年代(40歳~44歳)の男たちも、独身率32.2%で女性たち(35歳~39歳)とほぼ同じ三分の一。だから釣り合っているようにも見えるが、実は違う。そもそも母数が違うのだ。
オマエと同年代の男性は約371万人。したがって独身者はおよそ119万人。ところが35歳から39歳の女性は320万人。その三分の一となると113万人。すでに6万人も差があるのだ。
いま、「男性の4人にひとり、女性の6人にひとりが生涯独身」と言われる理由のひとつがここにある。女性はその気になれば、いつでも結婚できるが、男はそういうわけにはいかない。
【結婚は安全保障、好きなことも長続きしない】
同年配の既婚者や子持ちたちが、「結婚はコスパが悪い」「自由のカケラもない」「地獄だ」などと言っているのを真に受けてはいけない。あんなものは大金持ちが「5台目の自家用車、買ったところでどこに置くんだよ」とか「税金で半分も持って行かれるんだぞ、酷いじゃないか」とか嘆いているのと同じ戯言だ。
結婚しているからこそ安心して働ける、生きていける背景については何も言わない。
事故や病気で一時的にしろ働けなくなっても、生きていけるのは配偶者がいてくれるからこそだ。復帰できるまではもうひとりが稼げばいい。親の介護も夫婦で順番にやればいいし、社会的役割も夫婦で分担すればいい。
自由がなくなって、釣りにも行けなければゲームも好き勝手にできない、飲みにも出られない――。ところでこのまま独身を通して、 60歳になっても70歳を過ぎても、自由に釣りに行ってゲームをやって、毎日飲みに出かけていると思うかい?
いや違う。そのころには親、つまり私や母さん(私の妻)の介護に時間と労力を奪われていてそれどころではない。日中は勤めに出て朝夕は介護、休日は洗濯や買い物や作り置きの食事でまるまる忙殺される。そんな状況では釣りやゲームどころではない。
え? 親の面倒は見るつもりがないって?――いいだろう。決めるのはオマエだし、私たちは捨てられてもいい。遺産は国庫に寄付すればいいのだ。あとくされもない。
しかしオマエの方は、親を捨てた人非人として生きていくのは、社会的になかなか大変だよ。
【ここがロードス島だ、ここで跳べ】
もう一度言うが、オマエが明石家さんまでもスティーブ・ジョブズでもないなら悪いことは言わない。結婚しろ。オマエが千原ジュニアでも高橋一生でもない以上、跳び抜けて若い女の子が近づいてくることもない。急げ、慌てろ。
「いずれ時期が来たら結婚する」は男性の場合、ほとんど「一生結婚しない」と同じ意味だ。だったら中途半端な期待はせずに、「生涯、結婚しない」と口に出して腹をくくるべきだ。私もそうしよう。
そうでなければ、いまのうちからジタバタと慌てなければ間に合わない。「超美人」だの「風呂キャンセル界隈」だの、癖の強い女性は残りやすいが、「普通の子」はすぐにいなくなる。それが世界だ。
さて、これで言いたいことはすべて言った。
ここがロードス島だ。ここで跳べ!
(この稿、終了)