私が結婚した昭和時代は、
ひとりで生きるための社会基盤がなかった。
「結婚できない男」はいたが、「しない男」はいなかった。
さまざまなことが違っている。
――という話。
(写真:フォトAC)
【私の『人生で一番うれしかった瞬間』】
私がこれまでの人生で一番うれしかった瞬間は結婚した時です。
それほど素晴らしい女性と結婚した――というわけではありません。また、プロポーズを承諾してもらったときとか、婚姻届けを出したときとかいった具体的な瞬間があったわけではなく、確かに神父さんに、
「神が合わせたものを、人が離してはいけません」
と言われたときは気合が入って、
《はい、絶対に分かれません》
とこころに固く誓って今日まできましたが、その瞬間が幸せの絶頂だったわけでもないのです。
あとから考えて「結婚したとき」と言っていいその時期全体が、私にとっての「一番うれしかった瞬間」で、これでようやく人生が開ける、と思ったのです。
【“おひとりさま”が生きにくい】
37年前、私が結婚した当時の社会環境は、現在とはまったく異なったものでした。『皆婚規範(誰もが結婚するのが当然)』が浸透していて独身者の肩身が狭かったのも事実ですが、そもそも“おひとりさま”で生きる社会的基盤がほとんどなかったのです。
田舎では食堂やレストランが8時のラストオーダーで、日常的に長時間労働をしていた私たちは7時過ぎにいったん食事に出て、9時過ぎに職場に戻るしかありませんでした。かえって職場にいる時間が長引きます。もちろん自炊をすればいいのですが、スーパーマーケットはそれよりもずっと早い時間に閉じていましたし、そのころコンビニもすでにありましたが食材は売っていませんでした。車社会の田舎では、居酒屋で飲みながら食事ということもできません。
「ひとりご飯」も難しければ「ひとり遊び」も難しい時代です。今のようにコンピュータゲームがあるわけではなく、スポーツジムもありません。職業柄(教員)パチンコ屋さんにも入りにくい(「おっちゃん、今日は出ないね」→「そうだねぇ、先生」)。
それでも二十代のころは「週日は一生懸命働いて、休日は友だちと遊ぶ」といった習慣もあったのですが、30歳を過ぎて仲間のほとんどが結婚してしまうと、それもできなくなります。
私は31歳か32歳のとき、独身仲間とふたりで一泊の海水浴に行ったことがありますが、砂浜にいるのはどう見ても二十代前半以下の子どもばかりで、30歳過ぎのオッさんの出る幕はないように思われたのです。ナンパもできない。
稀に大勢の仲間と会うことがあっても、かつての友はときに配偶者を連れて来る、子連れで来る――話が合わないだけでなく、その場にいること自体が惨めになる。
【負け(オス)犬の遠吠え】
もちろん結婚しないことに誰もが納得できる説明があればいいのです。
芸能界でスターであり続けるために結婚できない、報道カメラマンとして世界を駆け回っているから時間的余裕がない、私は国家と結婚した、等々。しかし一介のサラリーマンでは説明がつきません。誰が見ても「結婚しない人」ではなく、「経済力か魅力がなくて結婚できなかった人」「何らかの問題を抱えて結婚できない人(らしい)」でしかありません。
2003年のベストセラー『負け犬の遠吠え』は「30代以上・未婚・子なしの女性は『負け犬』」と定義をした上で、「仕事のために結婚しなかった、生きがいのために未婚を貫いたと主張しても、日銀副総裁の妻であり二人の子どもの母親であり、かつ国連難民高等弁務官である緒方貞子のような女性がいるかぎり、しょせんそれは“負け犬の遠吠え”でしかない」という内容のエッセイでした。
私が独身生活に終止符を打ったのは1988年のことですから『負け犬の遠吠え』より15年も前のことですが、そのころすでに「30代以上・未婚・子なしの男性」は週日の夜の食堂の片隅で一人で食事をし、日曜日の朝は洗濯と部屋の掃除をするとあとは仕事以外にすることのない見事な『負け(オス)犬』だったのです。そこからの脱出ですから、うれしくないわけがありません。
しかし現代の「30代以上・未婚・子なし」には負け犬の自覚がまったくないように思われます。自覚どころか、客観的に見ても「負け犬」感はありません。いったい何が変わったのでしょう。
(この稿、続く)