カイト・カフェ

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「役を担うことで得られる安堵と誇りがある」~久しぶりに知らない世界に入り込んで驚いたこと④

 役を担うことは苦しみばかりでははい。
 そこには新しい体験もあれば、新たな人間関係もある。
 しかしもっと重要なのは、
 役を引き受けることで得られる、安堵と誇りなのだ。
――という話。(写真:フォトAC)

【PTAを例にして話になるのかな?】

 正直言って自治会役員のことはよくわからないので、昔からよく知っているPTAを例に、次期役員をうまく勧誘する方法を考えましょう――と言いかけて、PTAが例として上手に使えるかどうか、自信がなくなってきました。

 ひとつは教育現場を離れてかなりの年数になるので、現在の学校の様子が分からないこと。ニュースを見ていると全国的にかなりの数のPTAが消滅していますし、私の住む地区の小中学校も、実家のある地区の小中学校も、すべてPTA組織がなくなっていますから、全国では半分も残っているのかどうか。残っていたとしても保護者の何割くらいが加入しているのか心もとなくなってきたのです。PTAを例にして説明になるのか――。
 
 もうひとつは昔から、”PTAには深くかかわっても役員選には決して近づいてはいけない、親たちの間に挟まっていいことはない”というのが学校の不文律で、役員選の内情も良く分かっていないということもあるからです。

 そこでふと考えて、PTA会長による新役員勧誘の言葉をChatGPTに書かせたらどうなるのかと、こんなふうに依頼してみました。
「PTA会長の田中が、来年度役員選挙に向けて、各種の役員に立候補をすることを全PTAに促したり勧めたりする文を、600字程度で書いて欲しい」
 その答えが以下です。

【PTA会長チャッピー田中は語る】

 PTA会員の皆さま
 日頃より本校PTA活動にご理解とご協力を賜り、心より感謝申し上げます。PTA会長の田中です。

 さて、来年度のPTA役員選挙の時期が近づいてまいりました。つきましては、新しい年度の活動を支えていただく役員への立候補を、広く皆さまにお願い申し上げます。

 PTAの役員と聞くと、「仕事や家庭で忙しくて難しいのでは」「経験がなく不安だ」と感じられる方も多いかと思います。しかし実際には、どの役職も複数名で分担しながら進めており、無理なく参加できる仕組みを整えています。引き継ぎも丁寧に行われますので、初めての方でも安心して取り組んでいただけます。また、役員同士で相談しながら進める雰囲気がありますので、1人で抱え込むようなことはありません。

 PTAは、子どもたちが安心して学び、健やかに成長できる環境を、保護者と教職員が協力して支える大切な組織です。役員として活動することで、学校の取り組みや子どもたちの様子をより深く知る機会が増え、先生方や他の保護者とのつながりも自然と広がっていきます。こうした交流は、子育ての悩みを共有したり、地域の情報を得たりと、思わぬ形で役立つことも少なくありません。

 「自分にできるだろうか」と迷われる方も、まずは「できる範囲で協力したい」というお気持ちだけで十分です。皆で助け合いながら活動を進めていくことがPTAの大きな力になります。

 未来を担う子どもたちのため、そしてより良い学校づくりのために、ぜひ多くの皆さまに役員選挙へご参加いただき、力をお貸しいただければ幸いです。皆さまの積極的な立候補を心よりお待ちしております。」
 
 確かにこういう文章を書かせると生成AI は実に見事です。一部ホワイトカラーの仕事がなくなるという話もよくわかります。
 ただしそこに昨日お話しした、
「役員を引き受ければ、後ろめたさから逃れることができる、“やってもらうだけ”の依存的人間ではなく、地域の力を貸すことのできる主体的人間になることができる」
といった話を加えようとするといきなり、ド直球で、
「また、役員を務めることには、もう一つ大切な側面があります。それは、“学校や地域にお世話になるばかりで、自分は何もしていない”という後ろめたさから解放されることです」
などと言い出すので油断できません。こんな言い方をしたら人間は素直になれません。Chatですから時間をかけて修正を重ねればいいだけですが、それよりは自分で書いた方が早いでしょう。私だったら上の文の『PTAは、子どもたちが安心して学び』と『「自分にできるだろうか」』に始まる二つの段落を外し、代わりにこんな言葉を入れます。

【PTA会長である私も語る】

 ここで少し私自身の経験をお話しします。今年の1月、前会長から“あとを継いでくれないか”というお話があって立候補し無投票で決まってから、「これは大変なことになった」「私にできるのだろうか」と改めて思うと同時に、心の隅のどこかで、ほっとするような気持ちを感じたのです。思ってもみなかったその気持ち、何かなあと考えてみたらそれは「これでようやく学校にお返しができる」「自分も責任が果たせる」というものだったのですね。

 上の子から数えると13年間もこの学校のお世話になるというのに、主だった役員を一度もやらずに終わるというのは何か心苦しい気がしていたのです。もちろんそれにしては会長は重すぎる役でしたが、とにかくこれで胸を張っていられる、申し訳ない気持ちのまま子の卒業を待たずに済むと、そんな気持ちだったのです。

 これは特殊な感じ方ではなく、いま、ここには同じような考えを持っておられる方が何人もおられます。そのことを私はよく知っています。今年はダメだが来年は絶対にやるという方もおられます。人前で手を上げるのは恥ずかしいとか、ちょっと気後れして言い出しかねているという人も何人もおられます。そんな方はぜひとも、遠慮なく、個別に私にご連絡ください、私が責任を持ってお手伝いします。
(あとは原文の最後の段落に戻す)

 書いてみると一部割愛した元の文章と合わせて1100字、原稿用紙3枚弱です。分量としては適切かと思いますが、中身は人を動かすに不十分かもしれません。ただ、「役員をやるといいこともあるかもしれないよ」だけではなく、「胸を張っていられるじゃない」「負い目がなくなるじゃない」という視点は、ぜひとも必要だと思うのです。
 考えていただきたい視点です。
(この稿、終了)